最後の三週間4

 王都は円の形をしている。中心に王城があって、その周りを貴族街が囲み、外周に平民街がある。

 貴族街は塀に囲まれていて、平民街から入るには手続きが必要になる。だけど中から出るのは難しくない。

 お世話になっているお屋敷に買い出しを頼まれましたと言うだけであっさりと門は開いた。貴族らしくない恰好だったのもあってか、気をつけるんだよの一言だけで門番は通してくれた。


「……北はどっちかしら」


 貴族街から出ると、様々な家屋が並んでいた。大通りに面するように所狭しと建ち並んでいるのは商店で、その裏手にはおそらく住居が建っている。貴族街の近くだからかある程度整然としてはいるが、どっちに何がありますよということが書いてある看板はない。

 商店の壁に張り付けてある石でできた看板には文字ではなく絵が描いてある。多分この世界の識字率はそこまで高くないのだろう。

 そうすると案内板とかも期待できそうにない。


 とりあえず歩いていたらどこかには辿りつけると考えて、私は大通りに沿って歩くことにした。


 眠りの週が終わったばかりだからか、通りを歩いている人は少ない。ひとりで歩いている子どもが珍しいのか、時折私のことを見てくる人もいた。だけどこれといって話しかけてくることはなかったので、無遠慮に向けられる視線に気づかない振りをする。

 雪に足を取られそうになりながらも歩いていたら、道が左右に分かれた。


 どちらに行けばいいか、それぞれの道を観察する。

 道の幅は同じ。右側は商店通りが続いていて、左側は家屋の割合が多く見えた。

 

 商店は見飽きたしと考えて、私は左側の道を選択した。家を見るのが私は結構好きだったりする。

 流石ファンタジーとでも言うべきなのか、屋根は色とりどりだし、石造りの建物も風情を感じられる。木造の建物がないのは、この世界の教えのせいだろう。



 曰く、万物の命は女神様が作り出したものなので不必要に奪ってはいけない。



 ただし魔物は別。そのため、貴族男子が好む狩猟遊びとかは魔物が対象だ。遊び目的で動物を狩ることは禁忌とされている。


 だけど逆に、必要なら問題ない。


「なんというか、都合のいい考え方をしてるわよね」


 だから木造家具はいくらでもあるし、紙や衣類もある。食料に動物を使ってもいい。それらはすべて必要だからの一言で許可が降りる。

 ちなみに許可を出すのは教会だ。女神様の教えと反していないかを判断してくれるらしい。香水とかの嗜好品にも許可を出してるので、多分女神様の教えは結構緩い。


 そのため新商品を作る前に教会に確認しろというのがこの世界の常識だ。一度許可が降りたら類似品を作る分には問題なくなるらしい。


 この話を本で読んだときには、がちがち部分とゆるゆる部分が混在していてついていける気がしないと思ったものだ。


 女神様の教えについて載っている本は少なかった。原書、というべきかすべての教えが載っているものは教会に保管されているらしく、一般に広まっているのは生活するうえで必要最低限のものだけ。


「教会の横暴が蔓延りそうなのにそうじゃないのよね」


 教えを独占しているのだから、それ無理ですとだけ言えば誰も逆らえなくなる。なにせ本来どうなのかを知るものは少ないのだから。だけど女神様を敬愛しすぎている教会の人はそんな不正をしないらしい。

 最後の三週間に入る前には、吹雪を耐えられなさそうな者を教会に受け入れるし、治癒魔法も格安で行ってくれるし、貴族だからという理由で優先度を上げることはせず、重症度で患者を振り分けているしで、清廉潔白な集団だ。


 こういうところは女神様すごいと思わざるを得ない。



「あれ? ひとりでお使いかな?」



 そうやって考えて歩いていると、不意に声をかけられた。親しい感じで話しかけられたから知り合いかと思って視線を巡らすと、まったくもって知らない人がいた。

 焦げ茶色の髪をした、推定二十代ぐらいの好青年。


「いえ、違います」


 ふるふると首を横に振ると青年は考えるように首をひねった。


「じゃあ親御さんは? 眠りの週が終わったとはいえ、子どもひとりで出歩かせないでしょ」

「ひとりです。北の門に向かってるところなんです」


 ああと合点がいったように青年が頷く。


「薪拾いかな。今年は本当に寒かったからね。でも、北門はこっちじゃないよ」

「え!?」


 だいぶ歩いてからの新事実発覚。おろおろとしている私に青年が人の好さそうな笑顔で案内してあげるよと行ってくれた。

 道は間違えたけど、親切な人に会えてよかった。失敗は成功のもとってきっとこういうことを言うのだろう。


「家はどこにあるのかな。暗くなる前に帰らないと駄目だろう」

「えー、と……そこは大丈夫です」


 通りの名前すら知らないので、誤魔化すしかない。青年は私の歩幅に合わせてくれているので、横並びになって歩いている。沈黙が苦手なタイプなのか、あれやこれやと聞いてきた。

 親切にしてくれたのは嬉しいけど、人と会う機会が少なかった私はどう対応すればいいのか頭を悩ませている。


「親御さんは何をしている人かな? 商会関係?」

「よく知らないです」


 これは事実だ。私はいまだにお父様の仕事を知らない。誰かに聞いたら教えてくれるのかもしれないけど、半分意地になっている私は自分で突き止めようと考えている。家の書庫にも載っていないから多分無理だと思うけど。


「君はいくつなのかな?」

「十歳です。来年で十一になります」


 とまあ、こんな具合に聞いてくるので少し疲れてきた。

 少しずつ足取りがゆっくりになる私を心配してくれたのか、青年が手を差し出してくれた。


「雪を歩くのは大変だよね。お兄さんが抱えてあげようか」

「え!? いえ、それはちょっと」


 手を繋ぐのはもちろん抱えられるのも嫌だ。だけど青年はまあまあ遠慮しないでと言って私の腕を掴もうと手を伸ばし――。



「衛兵さーん! こっちですー!」


 ――どこからか高い声が聞こえてきた。

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