お友達選び
ジュースを貰ってゆっくりと飲んでいたら、王子様が踊りの輪から離れてこちらにやってきた。
「殿下、もうよろしいんですの?」
「少し疲れたからね。喉を潤そうと思って」
「皆さま殿下とお話したくてしかたないんですわ」
「私は君と違って社交の場に出ないってわけではないんだし、別にいつでもいいと思うんだけどね」
「あら、そうなんですの? よく我が家に遊びに来られているから、そういったことは蔑ろにされているのかと思いましたわ」
「君と一緒にしないでくれるかな。王太子ではないとはいえ王子だから、誘いは山ほど来るんだよ。全部に、というわけにはいかないけど、それなりには顔を出しているよ」
初耳だった。というか私は他の貴族が何してるのかも知らないので、何を聞いても初耳だと思うけど。
年齢から考えると夜会の誘いはまだないだろうから、茶会やら食事会とかには行っているということか。遊びに来て、勉学にも勤しんで、さらには誘いにも乗るだなんて王子様だけ時間の流れがおかしい気がする。
「それほど忙しいのでしたら、わざわざ遊びにいらっしゃらなくてもよろしいのに」
「君の家は楽だからね。うるさいことも言われないし。それに長時間いるわけでもないから、心配いらないよ」
そりゃあ王子様に物申せる人はいないから当たり前だ。何かしら礼儀に反したことをしたら話は違うのかもしれないけど、今のところそういうこともない。
毎回手土産は持ってきてるし、お母様とかにも挨拶してるしで王子様が遊びに来るのを断る理由がない状態だ。
「それで、どう? 自分の誕生祝は。君のために開かれた宴は初めてだろ」
「そうですわね。少々疲れはしますが、祝われること自体は嫌いではないですわ」
「それならよかった。来年になったらいろいろ参加しないといけないだろうし、こういった場には慣れとくといいよ」
「言われなくてもそうしますわ。今年ですら誕生祝が目白押しですもの。嫌でも慣れますわ」
王子様がくすくすと笑ってから、残り少なくなっていたジュースを飲み干した。
「多分、来年一番最初に参加することになるのは盛大な祭だと思うよ」
「あら、何か計画されてますの?」
ぱちくりと目を瞬かせると、王子様は口元に指を当てながら「ないしょ」と言って、また笑った。その嬉しそうな表情を見て、私はどことなく、嫌な予感がした。
◇◇◇◇
「お兄様帰ってこないの!?」
あれから何人かの誕生祝に参加したりと忙しない日々を過ごしていたが、もうすぐ最後の三週間に差しかかる。
今年の光の月に学園から帰ってくるはずだったお兄様は、今は領地にいる。今後領地経営にも携わることになるので、学園を出てすぐに領地に行ってしまった。
それでも最後の三週間には帰ってくると思っていたのだが、どうやら来年までこちらに戻る予定はないそうだ。
ということをお母様から聞いた私は、驚きのあまり声を張り上げてしまった。
「ええ。処理しないといけないことが山積みらしいわ。来年の光の月にはこちらに帰ってきて、お父様の手伝いをはじめる予定よ」
「久しぶりにお兄様に会えると思ったのに……」
一年目と二年目は最後の三週間の前に帰ってきたけど、最後の年だけは皆学園で過ごす決まりだからということで帰らなかった。
卒業した後は一日だけ帰ってきて、すぐに領地に向かってしまった。帰ったらお土産があるよって言ってたから楽しみにしてたのに。
「ほんの三週間だから、我慢なさい」
「わかりました、お母様」
窘められるように言われて、私は項垂れながら頷いた。
「そうそう、ご友人は決まったのかしら? 何人かこちらでも候補を見繕っているけど、来年までには決めるのよ」
私の友達はまだ決まっていない。候補はいるのだが、絞りこめずにいた。
少なくともふたり選ぶようにと言われている。私が選んだ子とお母様が厳選した子が私の友達になる。
クラリスは当然選ぶとしても、後ひとりが中々決められない。何度か顔を合わせた子はいるけど、クラリスほどのインパクトがある子はいなかった。
焼き菓子ちゃんはある意味インパクトあったけど、選ぶ気はない。
「
お母様とのお茶の時間を楽しんだ後、私は盛大に頭を抱えた。
本当に、誰がいいんだろう。どの子が友達に相応しいだろうか。ゲームでのレティシアの取り巻きなんてわからない。詳細な描写すらされていなかったし、取り巻きA、B、C程度でしかなかった。
そこまで考えて、はっと顔を上げた。
「私の友達は……三人!」
だからなんだっていうんだ
結局私がふたり選ばないといけないことに変わりない。
絵姿つきの資料と睨めっこしながら唸る。もういっそ運否天賦に賭けるのもありか。
「どーれーにーしーよーうーかーなー」
書類を重ならないように床に並べて一枚ずつ指さしていく。
神様の言うとおりにするか、ここはこの世界に倣って女神様の言うとおりにするか、と指をさまよわせていたらノックの音が室内に響いた。
「お嬢様、夕食の支度が整いました」
恭しく入ってきたマリーを見て、私は閃いた。
「丁度いいところにきたわね。ちょっと手伝ってくれるかしら」
「少しでしたら構いませんが、どうされましたか?」
「ちょっとそこに立ってて」
きょとんとした顔で首を傾げるマリーを横目に、私は書類を抱えて椅子の上によじのぼった。
「お嬢様! はしたないです!」
「いいから、動かないで」
目を見開いて慌てるマリーを制して、私は書類を持った両手をかかげる。
「この中から適当に一枚取って」
そう言って、書類を空中に放った。
「え? え?」
困惑しながらも、言われた通り落ちてくる書類を掴んだ。私の侍女は優秀だ。
マリーが取った書類以外は無残に床に散らばっている。
「じゃあ、それちょうだい。マリーのおかげで私の友達が決まったわ」
「え!? わ、私がそんなだいそれたことを!?」
マリーは書類に視線を落とすと、顔を青くさせながら震えはじめた。椅子から降りてマリーに向けて手を差し出すが、書類を抱えこんで渡してくれない。
「ちょうだい」
「いいえ、こんな決め方はいけません。これは絶対に渡せません」
「マリー、それがないと困るのよ。お母様が振り分けているから皆困った人ではないみたいだし、どれを選んでも同じなの。だから別にマリーのせいでどうこうってことにもならないから、安心して」
「だからって……お嬢様のお近くに来られる方をこのような方法で決めるだなんて」
「別に、マリーの一番近くにある書類でもいいのよ? でも私は、マリーが掴んだ人にしてみたいの。私のことをよく知っているマリーの運が掴んだ相手が悪い人なわけないもの」
あの手この手で説得し、ようやくマリーの手から書類を回収できた。
そこに書いてあったのは、マドレーヌ・ルジャンドルという名前だった。
抜き忘れたと気づいても、もはや手遅れだ。あそこまで言ってマリーから貰ったのに、やっぱりやめたなんて言えない。
「そ、それじゃあマリー。この子の書類と、机の上にある子の書類をお母様に渡してもらえるかしら」
「はい、お嬢様。でもとりあえず夕食に行きましょう。奥様もいらっしゃいますから、そのときにお話されてみてはいかがでしょう」
夕食のことをすっかり忘れていた私は、マリーに促されながら食堂に向かった。
「そう、もう決まったのね」
お母様に焼き菓子ちゃんとクラリスの名前を言うと、お母様は機嫌よく笑った。
「でも本当にアンペール候のご息女でいいのかしら。ミリアを見たらまた何か言うかもしれないわよ」
ミリアというのは、マリーと仲のよい子でクラリスの前でカップを落としてしまった子だ。
あの後一週間は謹慎という名目で刺繍などをしてもらった。
「もちろん言わせませんわ」
「そう。あなたがそう言うなら反対しないわ。でも何か困ったことがあったら言うのよ」
穏やかに笑うお母様を見て、私はその優しさにできるだけ甘えないようにしようと心に誓う。
本当にどうしようもなくなったら頼るかもしれないけど、些細なことは私自身で解決しよう。お母様が心労で倒れたら目も当てられない。
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