動脈から静脈まで

霜月ミツカ

1

 街路樹を見るたびに一体どれだけのひとの二酸化炭素を吸って陽射しを浴びて栄養にしているんだろう、と考えるようになったのはいつからだろう。こんな肉の塊であるじぶんを少しだけ残念に思う。


 隣にいる岸田という男はべつにわたしがいいのではなくて適切な肉体があればいいと思っているはずだ。たまたま都合よく現れたのがわたしだった。わたしもこのひとが会社の上司という近くの存在であったからで、家庭のあるひとが好きというわけでもないし、とりわけこのひとがいいわけでもない。岸田は最近奥さんと別れるかもしれないといい出したのでわたしはそんなことしなくていいと何度もいった。そんなことされたら荷が重すぎる。


 すれ違うひとのなかでたまに那月を見つける。それは那月の幻影でしかなく、実際には似た体形の顔は似てないまったくの別人だ。離れてから五年経って、考えないようにしていたのに最近やたらとそれに出会う。たぶん、高校のときにできたそんなにとりわけ仲がいいわけでもない共通の友人から結婚式の招待状がきたからだ。那月はそんなものに来そうもないけれど、もし来たら、と考えだして止まらない。彼の前髪はまだ長いんだろうか。


 いつものホテルに入り、いつも通り一緒にシャワーを浴びて、そのままベッドに行く。岸田は何度もくちづけをし、それを模倣する。そうしておけばとりあえずいいような気がする。愛している、と岸田にいわれるたびに脳内で違う声で再生しなおした。肌に舌が当たる。下に性器が当たる。


「いい?」と許可を求められるけれど拒否してもどうせ結果は同じだ。いじらしく腕を掴んでみて、恐がるふりをした。ここもそこもこんなに太くなかったな。こんな風にこんなことをしているなんてむかしの歌謡曲みたいだ。ベッドの脇に目をやる。ここにも観葉植物がある。偽物だろうか。岸田の吐息が鼻にかかる。わたしは唇を固く結んで、息を止める。涙がこぼれると岸田が笑った。


「そんなにいいの?」


 大きな手でわたしの乳房をしごいた。植物になれないなら皮膚だけ残って内側は水みたいになれればそれでいい。

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