俺たちのアルカディア

 現場に着くとダリアは、杖で地面に直径3メートルほどの魔方陣を描いた。それから呪文を唱えつつ、周囲を回るようにステップを踏み始める。華麗に舞うダリアを見ながら、俺は言う。


「さっきもやってたけど……ありゃ、なんだ?」


 マリオンが答える。


「あれはマジカルステップだよ」


「……マジカルステップ?」


 初めて耳にする言葉だ。俺の疑問に、今度はウラギールが応える。


「よく知ってやすね、マリオンさん。そう、あれはマジカルステップ。二次元の魔方陣を、三次元に広げるための舞踏ですな」


 顔を曇らせ、マリオンが言う。


「……かつてのオレの仲間にも、魔法使いがいたからさ。キャンプの時は、いつもああやってステップ踏んでた。もっともあいつは破壊魔法が専門で、次元魔法なんか使えなかったけど」


 ウラギールは、真剣な表情で跳ねるダリアを見ながら言う。


「それはきっと、初歩の結界術でしょう。次元魔法は、使い手自体が珍しい魔法です。……それにしても、かの高名な次元魔女ダリアがずっと王都にいたとは……驚きやした!」


 その言葉に、俺も頷いた。


「ああ、俺だって驚いた。まさか、行きつけの飲み屋にいたなんて……」


 知識ならウラギールだが、人脈ならデビットである。博識なウラギールに、もう少し聞いてみよう。


「次元魔法ってワープの他に、どんなのがあるんだろう?」


「代表的なのは、異次元からクリーチャーを呼び出す魔術です。百年前のダリアは、王都まるごとを結界で包んだ上、異界から様々な怪物を呼び出して悪魔と闘ったそうですよ」


「へえ。……すげえな」


「他にも天空から隕石を落としたり、原初の大爆発を起こしたり……あとはそう。絵や本の世界に、敵を閉じ込める魔術とか」


 瞬間。俺は鬼気迫る表情で、ウラギールの腕をガッシと掴む。


「おい、ウラギール。その話、ちょっと詳しくっ!」


「へっ? ……ジュータさん!?」


 戸惑うウラギールの服を、マリオンもグイグイと引っ張った。


「なあ、ウラギール! それってつまり、二次元に入れるって事じゃないか!?」


「マ、マリオンさんまで……? こりゃいったい、どう言ったことで!?」


「どうもこうもあるか! だって……『二次元の世界に行ける』んだぞ!」


 そう! それは俺たち二次オタにとって、まさに夢の魔法である! そこは俺たちの理想郷アルカディアなのだ、興奮せずにいられるかーっ!!

 俺はウラギールを揺さぶりまくった。


「おい、詳しく教えろってば! それ、どういう魔術なんだよ!? ダリアも使えると思う!?」


 マリオンも服を引っ張りまくった。


「なあなあ! 絵って、オレの描いた絵でもいいのかな? ダリアに頼んだら、オレの絵の中に入れてもらえるかなーっ!?」


 ウラギールは目を白黒させる。


「ちょ、ちょっと待ってください! あっしは魔術師じゃありやせんから、そこまではわかりやせんよ! ただ、そう……なにか、『特別なアイテム』が必要と聞いた覚えが……?」


「ア、アイテムっ!? なにが必要なんだ!? 頑張って集めるよっ!」


「どんな絵でもいいのかなぁっ? エッチな絵でもいいのかなぁっ!?」


「えーっと……確か、大昔の魔法王国の絵本作家が作った不思議なペンがあって、それさえあれば誰でも使える、とかだったような……?」


「魔法のペンーっ! 手がかり、キタコレーっ!」


「それ、どこにあんだよ!? どうすれば手に入る!?」


「あーっと、うーっと……西の大商人が所持してるって噂がありやすねえ」


 そんな風に、ウラギールをもみくちゃにして騒ぐ俺らに、大声の一喝が飛んできた。


「ジュータ殿、マリオン殿っ! いい加減にしてくださいっ!!」


 俺らは、ビクリと硬直する。……声の主はシャルロットだった。

 こめかみに血管浮かせたシャルロットは、俺たち二人を怖い顔で睨みつける。


「王国の危急存亡のときであり、これから命をかけた決闘だというのに、ギャアギャア騒いで心ここに在らずとは……なんたる体たらくですか!? 情けないにもほどがあります! 我らの双肩そうけんには国の未来がになわれている事を、どうかお忘れなきようにっ!」


「お、おう。……確かに、その通りだな」


「ごめん……。オレら、ちょっと興奮しすぎた」


 ……アホに正論言われて、説教まで食らってしまった。

 俺とマリオンは、ショボーンとしながら肩を落とす。

 と、汗まみれのダリアが、ぜいぜい言いながらヨタヨタ歩いてきた。


「ぜはーっ、ぜはぁー……。つ、繋がったぁ! やっと向こうと繋がった……いやー、すんごい複雑な構造だったわぁ!」


 俺は辺りを見回し、問いかける。


「繋がった……? で、デュラハンはどこにいんだよ?」


「それはぁ、あんたが自分でやりなさいよぉ」


「は? なんだそれ、ちゃんと最後までやってくれよ!」


 俺の抗議に、しかしダリアは首を振る。


「嫌よぉ。アタシもう、ヘトヘトだものぉ」


 そして俺の手を掴むと、ぐいと引っ張りながら言った。


「あんたってば、ドラゴンキラーらしいじゃなぁい? だったら、必殺技のひとつくらい使えるんでしょう? アタシのステップで向こうの世界もダメージ受けてるしぃ、中に入って一発かませばぁ、異次元はぶっ壊せるはずぅ……特別にオマケもつけてあげるからぁ、ほら、いってらっしゃぁい!」


 言いつつダリアは、杖で俺の胸を叩く。

 それから杖の先で、俺の足をスパーンと払った。前のめりに倒れながら、地面はどこまでも遠くに見えて……視界が歪む。赤く、黒く、赤黒く……。

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