魔女の責め苦
楽しげな酒場の喧騒の中、フォクシーの説教は20分ほど続いた。
ダリアは100歳以上も年下のフォクシーに散々絞られ、肩を落としてショボーンとする。
だが彼女は説教が終わると、懲りずに指を一本立てて言った。
「じゃ、じゃあ……1時間だけでいいわぁ。堪能するには短いけど、それで手を打つわよぉ」
フォクシーは、断固として首を振る。
「ダメですってば! ダリアさん、まだわからないんですかっ!?」
すると今度は、ダリアが呆れ顔で反論した。
「ふぅー……あのねえ、フォクシーちゃぁん。異次元に干渉するような魔法はぁ、こっちもリスクが大きいのぉ。寿命だって削れるかも知れないしぃ、それ相応のご褒美がなければ、協力する気は起きないわぁ。これは正当な報酬の範囲内だと思うのよぉ……っていうか、かなりの大サービスなんだからねぇ?」
そうまで言われてしまえば、タダ働きを強制するのも心が痛む。
次にダリアは俺の顔をチラリと見て、意味深な笑みを浮かべた。
「それにぃ……フォクシーちゃんてばさぁ。本当に正義感だけで、アタシにお説教したのかなー?」
フォクシーの顔に、困惑が広がる。
「えっ……ど、どういう意味ですか?」
「う、ふ、ふぅ。ねえぇ、フォクシーちゃぁん。あなた、そっちの男が気になってんじゃないのぉ? アタシぃ、可愛い女の子の行動は大抵覚えてるのよぉ。そいつに酒を持ってく時だけ、尻尾の振りが大きくなってるわよねぇ?」
フォクシーは、ドギマギしながら顔を逸らす。
「そ、そんなこと……ないですよ?」
「そんなことぉ、あるでしょぉ? だとしたらぁ……アタシの行動もあなたの行動もぉ、根っこは同じ『欲望』に基づくものよねぇ。なのに偉そうなことぉ、アタシに言えるのかなぁ?」
フォクシーは真っ赤になって、うつむいた……もう、十分だ。これ以上、フォクシーに迷惑かけられない。俺は、フォクシーの肩をポンと叩いて言った。
「ありがとう、フォクシー。助けてくれて、嬉しかったよ。そろそろ仕事に戻ってくれ」
俺はガッカリ顔のフォクシーに礼を言う。フォクシーは、しょぼくれた顔でトボトボとカウンターの奥へと消えて行った。
視界の隅で、鬼の形相で俺を睨んでいたマスターが、やっと仕事に戻ってきてくれたかとホッとした顔をする。
ああ、フォクシー……俺のために頑張ってくれて、マジで感謝するぜ! それとマスター……店に来るたびにフォクシーを独占して、マジで悪いと反省してる……だからもう、怖い顔は勘弁してくれよ。
それからダリアに向き直る。
しかし、どうしたものか……? なにしろ、こちらは協力を願い出る立場である。魔法の事など何もわからないし、無理やり協力させて途中で裏切られたら、大変なことになるだろう。
俺は、ダリアにおずおずと言う。
「な、なあ。お金じゃダメかな? デュラハン退治で貰える金、全部あんたに渡すから……」
しかし、ダリアは首を振る。
「ダメねぇ。世の中には金で買えない物があるぅ、アタシの魔法もそのひとつと心得なさぁい。協力させたいなら、こちらの欲望を満足させうる品を提示することぉ!」
魔女の欲しがる物なんて、俺にはわからない。
その後もいくつか条件を出してみるが、ダリアが首を縦に振る事はなかった。
弱りきった俺は、少し離れた席のデビットにも目線を送る。が、「わからん!」と手をあげるだけ……万策尽きたと感じた頃に、マリオンが服をグイッと、強く引っ張った。
「もういい、ジュータ! オレがこいつに付き合ってやれば、それで終わる話だろ?」
俺は焦った声で言う。
「だって、マリオン……! 本当にそれでいいのかよっ!?」
マリオンは、はっきりと頷いて見せた。
「もちろんだ。むしろ、やらせてくれ。オレな、お前の役に立ちたいんだよ。……だって、自分の身体と昔の仲間がデュラハンとして人を殺してて……それを見てるだけしかできないなんて……辛すぎる!」
「そ、そっか……。言われてみれば、確かにそうだよな」
それは、辛いに決まってる。
マリオンは胸に手を当てて、真剣な声で言う。
「オレは今まで、お前に協力したくてもできなかった。だけどこれは、オレにしかできない事だろ? なのに何もしなかったら、オレはきっと後悔する。……自分の意思で自分の身体に、ケジメをつけたいんだよ!」
俺は、マリオンの瞳を真っ直ぐに覗き込む。
「マ、マリオンっ! ……そこまで覚悟があるなら、俺はもう……止めないぞ?」
マリオンは、しっかりと頷く。
「ああ、止めないでくれ! それにフォクシーのおかげで、一晩が1時間になったんだ……今までオレ、たくさん辛い目にあってきた。実験台にされたり、凶悪なモンスターに追いかけられたり、奴隷として屈辱的な目に遭ったり。それに比べれば、たったの1時間……あれより辛い事が起こるとは思えない。何が起ころうと、平気に決まってる」
それを聞いてダリアは、さっそく腰を浮かせるとマリオンの手を取り、酒場の出入り口へと引っ張る。
「わ、わぁ! それじゃ、契約成立ねぇ!? この近くに、いい宿があるのよぉ。そこで、しっぽりまったりじっくりたっぷりぃ……目くるめく夜を楽しみましょう! う、ふ、ふーっ!」
「じゃ、ジュータ。そういうわけで、行って来るよ……お前はここで、酒でも飲んでてくれ」
マリオンと共に歩き出したダリアに、俺は懐中時計を突き出す。
「お、おい……今から1時間だぞ!? 絶対に遅れず戻って来いよ、約束だからな?」
ダリアは心得たとばかりに頷いて、マリオンはカッコよく片手を天に突き上げて、夜の闇へと共に消えて行った……。
そして、きっかり1時間後。
うえええーん……うえーん。
通りに立って待つ俺は、近づく泣き声にため息を吐いた。
……あーあ。やっぱ泣いてる。いやまあ、絶対にこうなると思ったけどさ。
だけど、あの状況はさすがに止められないだろ?
ダリアに手を引かれてトボトボ歩いてくる姿は、まるで迷子の子供みたいであった。
マリオンは俺を見つけると、ハッと顔を上げてダダダーッと走り寄ってくる。
「あっ!? ジュータぁあああーーっ! こ、怖かったよぉーーっ! あいつ、妖怪なんだ! 怖いよぉーっ!」
そして、飛びつきながら叫んだ。
「ベローン、ベロベロベローン! ヌメヌメヌメーって!」
「ベ……ベロベロ? ……ヌメヌメ?」
マリオンは首の壊れたマリオネットみたいにカクカク頷く。
「あ、ああ……そ、そそそ、そうだ。う、うううううっ。きょ、巨大なナメクジに全身を這われた気分だよぉーっ! な、慰めてくれよ、ジュータぁー! ぎゃああああーんっ!!」
えー? す、すっげえ泣き方してるんだけどっ!
これもう、俺の知る限り過去最高の『泣き』だぞ。
俺はマリオンの背中を、優しく何度も叩いた。
マリオンはそんな俺にしがみつき、ひたすら泣き声を上げ続ける。
「うぐーっ! ふぇえええ、うえーん!」
「あー、はいはい! ほ、ほら、マリオン! もう大丈夫だから……な? 安心してくれっ」
たった1時間でここまで泣かすなんて、こりゃ相当だなぁ、可哀想に……。
そんなマリオンを連れてきたダリアが、満足げな顔で言う。
「う、ふ、ふーっ、いやーごめんねぇ? なにせ、1時間だけだからさぁ……ちょっと、ハッスルしすぎちゃった! でも、これで約束通りに協力してあげるわぁ。明日の午後4時に、丘の上の
ダリアは、マリオンに向かって投げキスした。
マリオンは「ひぃ」と小さく叫んで真っ青になり、その場にヘナヘナと座り込んでしまう。
あーあーあ。なんかもう、足が生まれたての小鹿みたいにガクガクしちゃって、自分で立てなくなってるじゃん。
俺は泣きじゃくるマリオンを抱き上げて、家路を歩いたのだった。
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