マリオンと行こう、銀の三角亭
さて、次の日の夜である。
今夜は、マリオンと一緒に『銀の三角亭』へ行く事になった。明日の朝早くに町を発つので、旅支度を終えた後、夕食も兼ねてデビットとフォクシーに挨拶する事にしたのだ。
本音を言えば、危険な旅にマリオンを連れて行きたくないのだが……なにしろ、『一期一会』の問題がある。俺がいないと記憶を保てないため、一人で置いておくのも不安だ。結局、側にいた方がまだ安心できると言う事で、一緒に来てもらうことにした。
『銀の三角亭』は大衆酒場なのだが、マリオンは普段より良い服を着て、オシャレをしている。きっと、外食が楽しみなのだろう。足取りも軽く、俺の手を引っ張って、急かすように先を歩く。
なおこの世界、飲酒に対する年齢制限は存在しないので、幼女でも堂々と酒が飲める。
そもそも見た目で大人か子供か、見分けるのが難しい種族もたくさんいる。ドワ娘とか思いっきり子供みたいだし、高位の悪魔やスペシャルスライムは人間に擬態もする。つまり見た目がどうでも金さえ持ってれば、『とりあえず飲ませる文化』なのだった。
ちなみにドワーフは耳が尖って斧を持ってるし、スライムは喋れないし、悪魔はツノが残るので見分けがつくぞ……うっかり彼らを子供扱いすると怒るので、注意が必要である。
俺は店に入ると、いつもの席に陣取ってエールを飲んでいたデビットに「よう」と声をかけた。デビットはマリオンを見て、目を丸くする。
「おい、この子がお前の奴隷か? すんげえ美形だが……さすがに女としては幼くねえか!?」
二次元ロリは大好物だが、三次元ロリを公言すると、こちらの世界でもヤバイ奴と思われる。前述のように、見た目が幼い種族もいるにはいる……が、マリオンは明らかに人間だ。
なので、「へ、変な勘違いしてんなよ! マリオンはな、同郷なんだ。友達だよ。俺と同じ世界から来たんだぜ」と早口で否定し、最低限の説明だけしておいた。
見た目は幼女でも、クリエイター同士で共通する精神を感じたようで、デビットとマリオンはすぐに打ち解け、仲良くなった。
マリオンが、いつも持ち歩いてる羽ペンで紙にサラサラと萌え絵を描くと、デビットは大いに感心しまくる。
「ほう! 見たまんまに描くんじゃなくて、あえて平面で見やすいよう、パーツを大げさに表現するんだな。こりゃ感情が伝わりやすいし、直感的に理解できる……間違いなく絵なのに、記号みたいで面白い! こんな発想があるのかぁ!」
ふっふっふ……どうだデビットよ、恐れ入ったか!
これぞ、日本の誇る『マンガ』である!
マリオンが、デビットの性癖リクエスト(二十代後半でタレ目のポヤーっとした尻の大きな女性が好みらしい)に従い、無修正のエッチなイラストを描いてあげると、デビットは鼻の下を伸ばしてジーッとそれを見た後で、大切そうに懐にしまった。
俺は、デビットの脇腹を肘で突く。
「おいこら。人の二次コンを理解できんとか言ってたくせに……お前、お気に入りの娼婦に通う目をしてんぞ?」
デビットはヘラヘラと薄笑いを浮かべると、エールを美味そうに飲み干した。しっかし、さすがはマリオン先生。俺の絵じゃ、こいつに二次元の魅力を伝えられなかったろうな。
俺が、明日にはデュラハン退治に町を発つ事、『霊剣マクドウェル』を持って行く事を伝えると、デビットは遠い目をして、「そうか……使え、使え。お前に使ってもらえるなら、俺も作った甲斐がある」と言った。
酒場に着てから二時間ほどで、フォクシーが休憩に入ったらしく、俺たちの席にやってきた。
さっき注文ついでに、「話したい事があるから、後で席に来れないかな?」と、俺が彼女を誘ったからだ。給仕用のエプロンを外した彼女は、シンプルな
ウェイトレスは他にもいるが、フォクシーが抜けると酒場の慌ただしさは目に見えて増し、注文が通り辛くなってしまう。
……これきっと、貴族がワガママ言って商売の邪魔してるとか、裏でボヤかれてんだろうなぁ……俺、そういうの気にしいだからさー。
つーかこれ、見ようによっては思いっきりナンパだよな? 店の看板娘を営業中に誘うとか、ちょっと冒険が過ぎたよ……うわー、マスターと常連客の視線が、すんげえ痛い……。
フォクシーは、俺がデュラハン退治に向かう事を伝えると、とびきり不安そうな顔になった。それから席を外し、戻ってきた時には小さな袋を持っていて、それを俺の手に握らせる。
「これ、なあに?」
俺が尋ねると、フォクシーは大げさに恥ずかしがりながら、
「あ、あたしの……すっごく大事な所の毛ですぅ。オマモリにしてくださいっ」
と言った。俺が興奮しまくって、
「えっ、えー。な、ななな、なにそれ、なにそれ! ど、ど、どこの毛なの!? ……俺にだけこっそり教えてよ!」
と言うと、耳に口を近づけて、
「し、尻尾の先の毛ですぅ。女の獣人族は大切な男の人に、無事を祈って渡すんですよ」
と囁いた。
……うん、尻尾の毛か。ごめんよ、フォクシー。俺の心、汚れてたよ。
でも、その気持ちは本当に嬉しいぜ!
マリオンは現実の女性がすごく苦手なので、フォクシーの前では借りてきた猫みたいにおとなしくなってしまい、ワインをチビチビ舐めている。
フォクシーは、そんなマリオンを膝に乗せて頬擦りし、「可愛らしい子だわ!」「とっても美人ね!」を連発する。目がキラキラと輝いて、料理を片っ端から食べさせて、撫でくりまわして抱きしめて、とことん愛玩しまくった。
まるっきり、子犬かなんかの扱いである。どうやら獣人族の男の美形は俺みたいのだが、女の美形の基準は人間とあまり変わらないらしい。
でもな、フォクシー……それ、中身は残念なおっさんだぞ?
でもまあユルキャラだって夢の国のネズミだって、中身は誰入ってるかわからんけども、女の子は「ヤバイ、カワイー」連発してたし、これでいいのかも知れんね!
酒場の一角で歓声があがり、エルフ娘が脱いだ上着を放り投げる。それを122歳の魔女が伸び上がってキャッチして、口笛を吹く。
フォクシーが慌てて立ち上がって止めに行き、デビットは「今日は上だけだな」なんて呟いて堂々と見つめ、マリオンは恥ずかしそうに顔を逸らしながらもチラチラと視線を送っていた。もちろん俺も、チラチラと盗み見た。
その後はデビットが露出エルフを俺たちのテーブルに誘ってエールを奢り、フォクシーも酒が入って酔っ払う……しばらく会えなくなるのでマスターに無理を言って、早引けさせてもらったんだとか。
隣に座るマリオンが、俺の服をクイクイ引っ張った。目が合うと、可愛らしくニコッと笑う。
「なあ、ジュータ! ……ここ、良い店だな。賑やかで、とっても楽しい。オレ、気に入ったよ。また、一緒に飲みに来ような?」
親友のマリオンがいるだけで、いつもの酒場が何倍も楽しい。マリオンの笑顔を見ながら、俺も笑って頷いた。
「ああ、『銀の三角亭』は良い店だろ? デュラハン退治が終わったら、また来よう。マリオンが来たい時に、いつでも好きなだけね!」
その答えに満足したのか、酒に酔ったマリオンは嬉しそうに首を傾け、俺の肩にコツンと頭をぶつける。こうして、コミュ障の俺が作り上げたミニマルな交友関係による、素晴らしい夜は更けてゆくのだった……。
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