逆転現象

 マリオンの疑問は、もっともである。

 俺は微笑を浮かべて、マリオンの耳にそっと囁く。


「なあ、マリオン……『とも』って漢字はさ、月を二つ並べるんだ。意味はな、同類の集まり。これは仲間同士で、肩を組んだ姿を表してるんだ。ちょうど、今の俺達みたいじゃないか?」


 いきなり金八先生みたいな事を言い出した俺を、マリオンは眉をひそめて見つめる。


「……ん? んんっ? そりゃ、どういう……?」


 俺は、勝負に出る事にした。

 マリオンの手をギュッと握って、真剣な声で言う。


「マリオン、頼みがある。俺の前で……昨夜のアレ、やってくんない?」


 『アレ』が、なにを指すのか?

 マリオンにはわからないようで、しばらく首をひねっていぶかしげな表情をしていた。

 だがやがて、意味に気づいて焦りだす。


「アレって……はぁ? ……ま、ままま、まさか……アレのことかーっ!?」


 俺は、大きく頷いた。


「そうだ、マリオン。……俺の前で、ニャア子のコスプレで、『ご注文はハッピー&アンハッピーセット』を歌って欲しい!」


 マリオンは、俺の手を振りほどいて立ち上がり、後ずさった。


「バッ、バッカヤローっ! そんなん、できない! ……わっ、わかんだろ!? あ、あ、あっ……アレは、一人だからできる事じゃないかっ! 誰もいない夜道に気持ちよくなって大声で歌っちゃうとか、電気の紐でボクシングしたりと同じで、人に見せる物じゃないんだよ!」


 俺は真っ直ぐな目で、マリオンを見つめて言う。


「どうしても、ダメか?」


「ダメだ! 絶対にイヤだ!」


 俺は立ち上がり、紳士的に深々と頭を下げる。


「こんなに頼んでも、ダメか?」


 マリオンは、断固として首を振る。


「いくら頼まれても、イヤなもんはイヤだーっ!」


「ふっ……ふふ。そうか……ふふふ……ふぅー」


 次の瞬間。

 俺は脱力し、ズシャアっとorzに崩れ落ちた。

 割れた皿の破片が食い込んで手の平がチクチクするが、おかまいなしだ。

 そして今度は『俺が』、涙を流して泣き出した。


「くっ……ううっ、うーっ! ぐふうーっ!」


 マリオンがギョッとして、オロオロとすがり付く。


「お、おい……ジュータ!? どうしたんだよ、お前っ! ど、どっか痛いの? だいじょぶか? なあ、苦しいのか!?」


 俺は、喉の奥からしぼり出すようなかすれ声で言う。


「……って……んな……ルい……じゃ……」


「え、なんだって!? もっかい言ってくれ、ジュータ!」


 マリオンが慌てて聞き取ろうと、俺の顔に耳を近づける。

 俺は、流れる涙を止められなかった。

 だって……だって、そんなの……そんなのっ!

 俺は涙声で、力いっぱいに叫んだ。


「だってそんなの、ズルいじゃーんッ!」


「……は?」


 マリオンが、呆気にとられた顔をした。

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