アイテム名は『恥ずかしい板』

 食事後、俺はマリオンに屋敷の中を案内する。

 どの部屋も使ってなかったので、ほこりが薄く積もってて、なんとなく廃墟はいきょっぽい雰囲気が漂っている。この屋敷は、元からあった古い屋敷を改修して建て直したそうなのだが……こうやって改めて見ると、なんだかオバケ屋敷みたいだ。

 主要な部屋を一通り回った後でマリオンに、どこでも好きな部屋を使っていいと伝えると、「どこも広すぎて落ち着かない、もっと小さな部屋がいい」と言う。

 俺は腕を組んで考えた。


「もっと小さな部屋……? あ、俺の隣の部屋なら小さいけど」


 というわけで、まず俺の部屋へ行くことにした。なぜなら、隣と広さが一緒だから。

 空き部屋を見せるより、家具が置いてある状態を見せた方がいい。だって住み始めた後で「家具を置いたら狭く感じる」なんてなるかもしれないだろ?

 うーん、気が回る俺って、頭いいね!

 俺は、自室のドアを開けながら言った。


「普段は、ここで暮らしてんだ。どんな感じか見てくれよ」


 先にマリオンが、テコテコと部屋に入る。俺も後から続いて……ん、うむっ?

 ……なんか、とんでもない事を忘れてる気が。


 刹那せつな、俺の身体に電流走る!

 机の上に立てかけてあった『物体』が、それを見つめるマリオンが、この目に入ったからである!

 それは、ヘタクソな『絵』を貼り付けた、一枚の板だった。その絵がどういうものか、あえて詳細しょうさいに記させていただく。


 描かれていたのは、俺のお気に入りのエロゲ、『あいらぶ☆魔女侵犯まじょしんぱん』のヒロイン、京極ミスズである。ミスズは小学生にしか見えないが、実は18才の女子高生で、エロスと愛を魔力に変えるエロ魔女育成学校、エロリアーノ学園に通う魔女っ娘なのだ。そのミスズが『性剣セクスカリバー』を手に、すべての力を解放した伝説の『究極変態エロ魔女モード』の衣装(悪のサキュバスにやられてボロボロ)で脚を左右にパッカーンと開き、股間をあらわにしてる絵だった。さらにキャラクターの下には大きな四角の枠があり、その中に「ミスズ:ああん、そこはらめぇ……! で、でもぉ……あいつを倒すためだからねっ!」と、日本語で書いてある。とてつもなく頭の悪い代物だ!


 ちなみに、こいつの製作者は……他でもない、俺だった。


 エロゲのない環境に耐え切れなくなった俺は、記憶を頼りにお気に入りのエロゲのワンシーンを再現した絵を描き起こし、それを板に貼り付けて『仮想モニター』に見立てて、妄想の中でエロゲをやっていたのである。……いや、もう今すぐ殺してくれ!


 身体がガクガク痙攣けいれんする。全身から汗が吹き出て、顔が燃えるように熱くなる。

 死にたい、死にたいほど恥ずかしい。

 なぜだ……なぜ俺は、アレを隠さなかったんだ!?

 おそらく、広い屋敷に一人の時間が長過ぎて、『他人が部屋に入る』という概念がいねん自体を喪失そうしつしていたのだろう。

 俺は顔を真っ赤に染めて、「うぎょー!」だの「あびゃー!」だのと叫びながら、頭を抱えてのたうちまわった。一通り叫び終わると、今度は板をジッと見るマリオンに、震え声で言った。


「あ、あははははっ、わ、笑っちゃうでしょおー? そ、それさ、なんか道に落ちてて……すげえ笑えるから拾ってきて……だ、誰が作ったのかなぁ……? それっ、単なるお遊びで……あの、ヘタクソな絵で……っ、ほ、本気じゃないんだよ? わかるよねっ!?」


 今さら取りつくろったところで、絶対に手遅れである。それでも涙目の俺は、言い訳せずにいられなかった。

 しかし、マリオンは真剣な表情で板を持ち上げると、こちらに向けながら言った。


「これ『愛らぶ☆魔女審判』の京極ミスズだよな? それも2週目じゃないと解放されない、至高のサキュバスルートの『究極変態エロ魔女モード』……。奴隷市場でも『モモイロ奴隷ドレッシング!』の話をしたし……なあ、あのさ。もしかしてだけど。いや、間違ってないと、オレは確信してるんだけども」


 マリオンが上目づかいに俺を見てくる。そして、おずおずと。


「もう誤魔化ごまかさなくていいよ。エロゲ、好きなんだろ? というか……かなりマニアだったりする?」


 互いの視線が交差する。こ、これは……?

 しばし逡巡しゅんじゅんの後、俺は大きく頷いた。

 マリオンの顔が、パッと輝く。


「そ、そうかっ! 実は、オレもなんだよ! オレもエロゲが大好きだ! しかも『愛らぶ☆魔女審判』で最初に攻略したヒロインは、お前と同じ京極ミスズ! 可愛いよなぁ、ミスズ! やっぱ、ロリは大正義だぜ!」


 その言葉に俺は、唇の端が持ち上がるのを止められなかった。

 俺はニヤニヤしながら言う。


「そ、そうなのぉ……!?」


 二人して顔を見合わせ、「ぐふふ」と笑う。

 そりゃ、こんなヘタクソな自作エロ絵や、恥ずかしい使用方法を見られたのはショックだった。

 それでも異世界でずっと一人で抱え込んでたマニアな情熱を……思い出を共有できる仲間を見つけられた嬉しさが……膨らんでゆく!


 ここには、アニメもマンガもラノベもインターネットも、そしてもちろんエロゲもない。

 俺たちオタクは、この異世界では何も『消費』する事ができないのだ。

 それに耐え切れなくなって、俺は暴走した。欲望を満足させるためには、自らの手で生み出すしかなかった。

 俺は必死で絵を描いた。心を込めて板に貼り付けた。だって、それしかできなかったから。


 だけど絵を描いて、一人で妄想して……それじゃ全然足りなかった。

 俺はエロゲがプレイできないなら、せめて俺の好きなエロゲの魅力を、存分に人に語りたかった。

 デビットにエロゲの話をしてたのも、そんな思いからだった。……あいつ、全然興味なかったけど。


 俺は目尻に浮かぶ涙を、指先でそっとぬぐう。

 だって、俺の求めてやまなかった……エロゲの話をできる人が……今、やっとここにいる!

 と、そのマリオンが絵をまじまじ見ながら、感心した声を出した。


「ジュータ。これ描くの、大変だったろ? 『性剣セクスカリバー』もディティールってるし。うん、細かいとこまで、よく覚えてるなぁ!」


 俺は恥ずかしさで目を逸らし、ボソボソ言う。


「い、いや。そんなじっくり見ないでくれ……だって、ヘタクソだろ?」


 マリオンは、ムッとして言った。


「あのな! 最初は、誰だってヘタクソなんだよ! 大事なのは、情熱を持って続けること。お前はまだ若いんだし、いくらでものびしろあるだろ? もっと自信持てよ! 確かに、技術はまだまだだ。でも、ジュータの絵はちゃんと『好き』が伝わってくる。描き続ければ、絶対に上手くなるはずだ」


 そしてマリオンは俺の絵を指差して、ここは良いとか、ここが良くないとか、細かく評価をはじめた。

 驚いたのが、マリオンの指摘はどれも正しく、時には的確なアドバイスまで含まれていた事だ。その一方で、俺が良く描けたと思った所はとても褒めてくれ、力を入れた部分にしっかり気づき、ちゃんと努力を認めてくれる。


 俺はそれを聞きながら、まんざらでもない気持ちになっていた。

 きっと俺の心の中にも、どんなに下手で恥ずかしくても、やっぱり自分の作品を『人に見てもらいたい』という気持ちがあったのだろう。


 マリオンが俺の絵を見て、ちゃかしたり笑ったりしなかったから。

 その表情が真剣なものだったから。

 俺は、それに気づくことができたのだ。

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