俺の名はジュータ、異世界で退屈中

 そして俺は、今日も『銀の三角亭』で日替わりのAランチを温いエールで流し込む。

 本日のAランチは、魚のフライを玉ネギと一緒にパンに挟んでソースをたっぷり塗りつけたものである。


 俺は、ちょっとウンザリしていた。だってこのAランチ、もう6日連続で食ってるんだもの。

 なんでも、西の街道にモンスターが出て流通がとどこおり、肉や野菜が高騰こうとうし、安く提供できるのは川魚だけという事情らしい。

 一応、メニューにはBランチもあり、こっちはしっかり日替わりしてる。しかし、Bランチは玄人くろうとメニューが多く、ローパーのヌルヌルパスタだの、スライムぶっかけ飯だの、ちょっと意味がわかないメニューばかりなので、必然的にAランチを注文する事になるのだ。その上、昼はランチしかやっていないから、他の選択肢はないのである。

 ぶちゅり。食べかけのパンを握りつぶしながら、俺は叫ぶ。


「くっ……も、もうこれ、食いたくねえっ! 飽きた!」


 隣でエールを飲んでる男……デビット・マクドウェル(25才。鍛冶士。俺の数少ない友人)が、笑い混じりに言った。


「ジュータよぉ。おめえ金あるんだから、こんな安酒場じゃなくって、高級レストランでも行きゃいいじゃねえか」


 潰れたパンを皿の上に戻しつつ、俺は応える。


「ふざけんなっ! マナーも何も知らないのに、レストランなんか行けるかよ!」


「なら、メイドでも料理人でも、屋敷に雇えばいいだろ」


「ふっ。俺が人見知りなの、知ってんだろ? 知らない人を雇って食いたい物を作らせるなんて、怖くてできるわけがない!」


「……ドラゴンキラーが、情けないこと言ってんなよ」


 俺は、手に付いた真っ赤なソースを皿の端っこになすり付けながら、唇をとがらす。


「ドラゴンたってさ。あんなの、メガクラ連発してるだけで終わったもんよ。……ああ、それにしても、エロゲ、エロゲ、エロゲ……エロゲがやりてえよぉ。ギブミー、エロゲーっ!」


 俺の脳裏には、パソコンのモニターの向こう側で、優しく微笑む女の子達が浮かんでは消える。

 今まで攻略した数多のヒロインよ……そして、これから出会えたであろうヒロインよ……君達には、もう会えないのかい?

 そんな俺を見て、デビットが呆れ顔をした。


「まーた『エロゲ』の話かよ? ジュータのいた世界にあったって遊びだろ? ええと……小さなガラス板を通して、仮想世界で女の子と恋愛やエッチするんだっけ?」


 俺は遠い目をしながら拳を握り、頷く。


「ああ、そうだよ! エロゲは俺のすべてだった! あれには、俺の人生が詰まってたんだ!」


 デビットは、首をかしげて不思議そうな表情をした。


「いやー。何度聞いても、わっかんねぇなぁ……? だってその女の子、触ることができないんだろ? ガラスの板を通して話したり裸を見るだけって……そんなの、何が楽しいんだ?」


 俺はテーブルを叩いて唾を飛ばし、熱弁する。


「楽しかったんだよぉっ! 俺にはあれが、なによりも楽しかったのっ!」


 デビットが肩をすくめた。


「ジュータよぉ……溜まってエッチしたいなら、娼婦でも買いに行けばいい。お前さんは貴族なんだから、貴族専用のサロンにだって出入りできる。ドラゴン倒せるほどに強いんだし、恋愛しようと思えば、誰だって選び放題じゃねえか? ほら……そこのフォクシーとか、声かけてみたらどうだい?」


 フォクシーは、この酒場のウェイトレス。16才の獣人族の女の子だった。

 いつも嬉しそうに尻尾をフリフリしている、『銀の三角亭』の看板娘である。

 ちなみに、「ほとんど人間、耳と尻尾だけ」みたいな獣人と違って、もう少しディープな感じでケモノに近い。彼女は、こんな俺にも無邪気な笑顔を向けてくれるので、言葉を交わせる数少ない女性の知り合いだった。

 しかし俺は、渋い顔でエールを飲み干す。


「あ。い、いやー? ……フォクシーはなぁ……ちょっと、声かけられねーなぁ」


 一応、断っておく。俺は、ケモノも全然イケる。大好物。そこはまったく問題ない。

 でも、ダメなのだ。

 デビットが問うた。


「なんでだよ?」


 俺は頭を抱えて、テーブルに突っ伏す。


「だ、だってさぁーっ! 俺から声かけるなんて、できねーよ! もしもいきなり話しかけて『キモい』とか『怖い』とか怒られたら、どーすんだよ!? 俺、フォクシーに嫌われたら、もうこの店に来れねーよっ! ここ、家から一番近い酒場なんだぜぇー!? 毎日メシ食うのに、向こうの区画まで足を運ぶのなんて、俺イヤだよ!」


 そう。フォクシーとは知り合いであるが、俺から声を掛けるのはメニューを注文する時のやり取りだけ。あとは向こうが笑顔で挨拶してくれたら、俺もボソボソ返すくらいなのである。

 デビットが、ガハハと笑った。


「酒場の娘をナンパして振られたからって、気にする奴なんざ誰もいねえよ。三日もすれば、ナンパされた本人だって忘れちまう。……ったく。相変わらず根性ねえなぁ、ジュータは!」


 ふと見ると、フォクシーが酔客に尻尾を掴まれ、顔を真っ赤にして「こんのスケベーっ!」と叫びながらお盆を振り上げてる。ぱこーん! 酒場に音が反響した。

 いい娘ではあるんだけど……う、うーん? アレを俺がやられたらって考えると……リアルな女の子に声を掛けるのは……やっぱりちょっと、怖いなー。


「く、くそうッ! エロゲだったらセーブして、失敗したらロードでやり直せるのにぃっ! 現実はどうして、セーブもロードもないんだ!? ……ああでも、もう一人は嫌だーっ! さびしいよぉ、毎日が暇すぎるっ! だけど女の子に嫌われるのは、もっと嫌だーっ! ……エ、エロゲっ! エロゲがやりたい! 俺の心の隙間を埋めるエロゲを! 失敗してもやりなせる優しい世界をっ! ヒロイン達との目くるめく、エッチで素晴らしいマルチエンディングを……お、俺にぃーっ!」


 涙目になってしまう。そんな俺を、デビットはため息まじりに見つめ続ける。

 だが、しばらくすると顎を撫ぜ、天井を見上げながら言った。


「ん……? まあ、でも。そんな都合のいい女も……いねえわけじゃねえなぁ」


 俺は顔を上げる。


「……あ? どういう意味だ?」


 デビットはニヤリと笑った。それから耳に口を近づけて、小声で言う。


「奴隷だよ。ちょうど明日、年に一度の奴隷市が王国で開かれるぜ」


「ど、どれい……?」


 奴隷。この世界に存在する魔術形態の『呪い』によって、主人に逆らえないように強制された者達である。金持ちの家には大抵いるし、たまに街中でも見かけるくらいはメジャーな存在だ。

 奴隷の単語に俺は、懐かしきエロゲのタイトル郡を思い出した。

 そういや、奴隷を扱った物も多かったっけ……。


「俺の攻略したエロゲにも、前の主人に捨てられた全身が傷だらけの奴隷に、優しくて接して仲良くなるってゲームがあったなぁ」


 難易度は中の下、エロさもそこそこだったが、ベタで泣けるストーリーがけっこう良かった……しかし俺の大切な思い出に、デビットは手を振る。


「いやいや、ちげえよ! そんなハードな出会いじゃなくってよ! もっと、簡単でわかりやすい話なんだよ!」


「……ほほう、わかりやすい話とな?」


 興味をひかれた俺に、デビットはニヤリと笑い、ジョッキを掲げて新しいエールを注文しながら言った。


「知ってるか? 奴隷の中にはな、『一期一会』って呪いを付与された奴がいる」


「い、『一期一会』……? 知らん。そりゃ、どんな効果なんだ?」


「これはな、主人が許しを与えない限り、新しい記憶が保てなくなるって呪いなんだ。夜の十二時までに主人が記憶を許可しなかったら……その日にあった事は、綺麗さっぱり全てを忘れちまうのよ」


 俺は、ごくりと生唾を飲む。


「つ、つまり……? その娘の前で俺が、どんなヘマをやらかしても……? 一日の終わりにセーブしなかったら、次の日には前日の状態にロードされてるってわけ!?」


 デビットが頷く。

 

「その通り! もともとヘンタイ趣味の主人が、奴隷に付与する呪いなんだが……でも、今のお前にはピッタリじゃねーか? なにせ女の子との出会いや会話を、何度だってやり直せるんだからよ」


 俺は、震えながらコクコクと頷く。


「お、おお……一歩進んだらまた一歩、繰り返されるトライアンドエラーっ! な、なんて素晴らしいんだ……『一期一会』ッ!」


 と、その時だ。

 ドン! 俺とデビットの間に、乱暴にエールが置かれた。置いたのはフォクシーだ。

 彼女は、珍しく怒った様な顔をしていた。そして、俺をギロリと睨みつけて言う。


「ジュータさん……サイテーです! 見損ないました!」


 手に持つお盆が、プルプル震えている。

 一発、殴られるかと慌てて頭を抱えると、フォクシーはため息をひとつ吐き、プリプリ怒りながら尻尾を揺らして去って行った。

 突然のフォクシーの冷たい眼差しに、固まる俺へとデビットが苦笑交じりに言う。


「はは……。ほら、さっき言ったろ? 『一期一会』の呪いの掛かった奴隷は、ヘンタイ趣味の主人に買われる事が多いんだ。そんな奴らに買われた奴隷の一生は……ま、悲惨の一言だわなぁ」


「そ、そうか……っ! 俺、フォクシーにそんな趣味だと思われたのかぁ……」


 やっぱり、現実ってこええ。

 今、ロードできたら即効でオートセーブの直前記録を読み込んでたわ。

 デビットは俺の背中をドンと叩き、エールを一息に飲み干してから言った。


「ま、気楽に考えなよ! むしろ、ジュータが奴隷を買ってやる事で、そういう奴らの手から女の子を一人、助けてやるくらいの気持ちでさぁ!」

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