第2話
「はぁ、悪魔払い?」
彼は肉を切り分けることなくフォークで突き刺して食べていた。
「なんでもこの子の父親が悪魔にとりつかれたとしか思えないような奇行ばかりらしいの」
「インスタのストーリーにのせてほしいですね」
「いえてる」
センリの興味が失せていくのが如実にわかる。半眼でワインを飲み、片手にスマホの電卓アプリを起動し、窓の向こうで行き交う車のナンバープレートの数字で計算して遊びはじめたのだ。
私は彼の興味を引くために、初老の男がペットの猫の肛門を眺め、そして時折舐めながらオナニーをしているムービーを見せた。気持ち悪っ、と一言彼はそっぽを向いた。
映像はつづく。
彼の妻がその醜態に、ひどく泣きながらやめてくれと懇願した。そして彼の眼前から猫を遠ざけた。すると男は目を充血させるほど力んで妻を殴打した。撮影していた娘もスマホを放り投げて逃げ出し、無意味に天井がうつっていた。女の悲鳴と男の獣じみた哄笑が店内に響き渡った。
「突然に父親がこんなことになったら、可哀想でしょ。私の友達のためにさ、センリならなんとかできるかなと思って」
彼は窓を眺めたままだった。そしておもむろに背伸びをした。
「怪談の定番と言えば、外国では悪魔かもしれませんけど、日本じゃ幽霊かなと思うんですけどね。僕は幽霊を見たことないんですよ。強いて近いものをあげれば、終電間際の線路をおじさんがフラフラと歩いてるからあれは幽霊に違いないと思い込んだあるくらいでしょうか。そうでなければ、異常者ですから。自分にはそっちの方がこわい」
私は彼の手元にあるデキャンタを奪ってワインをグラスに注いだ。値段通りの風味だった。
「それでさ、僕のような幽霊なんて見えないよという人達と彼岸を結びつけるのが霊能力のある人だと思うんですよ。霊能力。おぎやはぎ辺りがディスるような「クラスで特徴のない女が突然幽霊が見えるといって騒ぎ出す」というものに近いかもしれないです。ただ、僕の知ってる巷の霊能者っていうのは、男の子でした。
僕の友人の弟なんですけど、兄弟揃って野球のクラブチームに入ってるような人達で、幽霊を使って人の気を引こうとする理由がとくにないんですよね。なにより、その弟くん、お兄ちゃんにしか明かさないそうなんで、それも話すときはビビりながら。
男が怖がってて面白いやろ? とね、友人は僕に話してくれるんですよ。まぁ、家のトイレには幽霊がいるとか、この団地の一室は孤独死した老人の思念体が残留してるとか、聞かされ続けたんだそうで。友人から聞くぶんにはベタな話が多かったんですよ。だからね。そういうわけで僕は幽霊を使った怪談なんてそこまでパターンがあるわけじゃなくて、人が何を考えていいかわかんない時に幽霊や悪魔を持ち出したのかなと思うに至ったわけですよ」
「あんたもここの厨房で悪魔扱いされてるかもね」
「タバコに火をつけたいって言ったんだから納得してくれるでしょ」
彼はグラスに残ったワインを飲み干して、デキャンタに直接口をつけて一息で飲み込んだ。
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