僕の場合は

うめしば

第1話 春眠

四月二日


暦で春と言ってもまだ朝晩は凍えるような寒さが続き、まだ桜が顔を出す気配はない。


新しく借りた二階建て木造ボロアパートの

一階はその冷たさを直に伝えてきて、朝は指先の凍えで目を覚ますくらいに冷える。


昨日までは一日中布団の中でモゾモゾして動かないでいれば済む話だったのだが、今日ばかりはそうはいかない。


今日は入学式

人生の春、高校生活の始まり。


調べて見ても全く分からないネクタイの

結び方の画像と睨めっこしつつ半ば諦めていた時、


「ピンポンピンポン」


と来客を知らせるベルが鳴った。


朝は7時半を少し過ぎた頃で、人が訪ねるには早過ぎる時間


「朝っぱらから誰だよ…」


と、悪態をきつつピッキングやなんかで

すぐ開きそうな鍵を開けた。


「…はい」

無愛想な声で扉を開けるとそこには女の人がいて


パッと見、30代手前といったところか、綺麗なお姉さんという感じだ、よく手入れされた黒髪が穏やかな風にふわふわと踊っている。


着物を着て、大きな家の跡取りみたいな風格があり、細くてしなやかな指は着物との組み合わせからか、茶道でも嗜んでいるのではないかと思わせる程の上品さがあって…



「おはよう!青少年っ!いい朝だな‼︎

 だはははは!」


「…………」



まぁ……なんと言うか…喋り方から頭が悪いと分かる


そして声がでけぇ、喋っただけで雀が2、3羽飛んで行った


「何の用ですか、というか誰ですかあなた」


「あたす?そう言えば挨拶まだだったね、私はここの大家の雨森あめもりだよ。君は確か……」


そう言って、どこからか取り出したA4ザラ紙をベラベラめくり


瀬戸敦士せとあつし君か!」

と、背中を平手でばしばし叩いてくる


いってぇいてぇ、叩かれた反動でムチウチになるくらい痛ぇ


「いやー、本当に入居して来てくれて良かった、去年誰も居なかった時はどうなるかと………と、と、というか、ネクタイ全然結べてないじゃないか」


自分でし出した都合の悪い話を揉み消したいのか、自分の首で団子になっているネクタイを指差して言った。


「よし、そこまで言うなら私が結んでやろう」


「いや、いいです。と言うか何も言ってないです」


「そんなこと言って、お姉さんに甘えてもいいんだぞっ!」


「いや、全然いいです」


拒否をしているはずなのに、ずいずいとせりよってきてネクタイをがっつり掴まれてしまった


「ほら、あばれるんじゃあない」

ジタバタと暴れる自分をぐいと引っ張って静止させようとする


首キマって、キマってるからぁ!死ぬ死ぬ!


恐らくコイツも結べないのだろう、ネクタイが絞殺の道具と化している


ついに酸素を遮断され続けて目の前に星が見え始めた頃、カッカッと靴を鳴らす音が外付け階段から聞こえてきた


よし!助けが来た!

この火サスばりの殺人現場を目の当たりにすれば誰だって助けてくれるはずだ


二階から降りてきたのは自分と同じ位の歳の制服を着た女だ。やっぱり途中こちらに気付いた様で足を止めた。


長いまつ毛の猫目を瞬かせて、こちらの様子を見つめている


こちらもこちらで、

助けてください!お願いします!

の目線を送って懇願するのだが……


ふい、と目線を外してカッカッと歩き始めた


いや、助けねぇのかよ!



歩くたびに左右に揺れる背中まで伸びた黒い髪を睨みつつ、部屋に卵でも投げつけようかと本気で考えた辺りで、僕は意識を失った。

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