世界統合開発環境 WIDE

亜本都広

序 WIDEの始まり

リセットボタンのないクソゲー

 この開発環境は、複数の同時利用を認めていません。

 これを別な場所で利用させる行為は、この環境を譲渡することになります。

 譲渡によって、新しい環境に設定された機能は、現在の開発環境から削除されます。

 また、この作業は不可逆的なもので、かつ永続的な影響を及ぼす可能性があります。

 この開発環境を、該当の場所に導入しますか?

 はい/いいえ


 はい


* * *


 この世界はリセットボタンのない糞ゲーだ。

 そんな言葉を誰が言い出したのかは知らない。

 だけど、俺にとって、この世界は正に糞ゲー以外の何物でもなかった。

 俺は岡田幸一。一八歳のフリーターだ。

 高校を中退して、バイトで稼いだ金でなんとか命を繋ぐだけの俺に、友達どころか未来なんて物は欠片もなかった。

 なんとか一人で暮らしていけるのは、俺がプログラミングが出来るからだ。

 プログラム関係のバイトは、ほんの少しだけ時給が高いんだ。

 だけど、世界は俺に、現実というものを容赦なく見せつけてくれる。

 コミュニケーションスキルが欠けた高校中退の俺に、社会は冷たかった。

 そして、バイトが休みで、俺が借りている賃貸アパートの二階で、ごろ寝をしていたある日のことだ。

 俺がそのことに気付いたのは、突然だった。

 世界にある全てのものオブジェクトに、プロパティと呼ばれる属性があることを。

 それは冗談のような話だ。

 ある瞬間から、世界の全てのものを注視すると、突然窓のようなものが現れることに気がついたんだ。

 それはまるで、PCの画面でアイコンを右クリックしたときに現れる画面のようだった。

 PCと違うのは、見て意思を込めるだけで、色々な画面が現れると言うことだけだ。

 最初は俺の頭がおかしくなったのかとも疑ったけど、日常生活には影響がないことが分かった。

 ちょっと考えてみてくれ。

 色々なものに、プロパティと呼ばれる属性情報が現れたからと言って、一体世界の何が変わると言うんだ?

 馬鹿馬鹿しい。

 だけど、時間潰しには役に立った。

 ちょっとだけガラスにひびが入った俺のスマートフォンをじっと見てみる。

 するとプロパティが現れて、その項目を一つ一つ見ていった。

 色やグラデーションのような形態に関する属性情報がほとんどだった。

「属性情報って言えば、プログラム開発的には、値を変更できるものと相場が決まっているんだけどな」

 ちょっと思いついて、何か値を変えられないか試してみることにする。

 試しにグラデーションを変えてみることにした。プロパティの中のグラデーションと書かれた部分をじっと見つめる。

 青っぽい色のそのプロパティは、俺が見つめると、『単色』から『縦』と表記が変わった。

 その瞬間に、黒一色だったスマホが縦のグラデーション付きに変化した。

「おもしろい! 一発芸には良さそうだけど、いまいち実用性がないな」

 他に属性情報はないんだろうか。

 そう思って、属性情報をよく見ると、一番下の方に『詳細』と書かれた部分があった。

 気になって詳細を開いてみると、ばっと俺の視界全てに一覧表が現れた。

「うわっ。なんだこれ!」

 そこには、スマートフォンのスペック表によくある、CPU、メモリ容量から始まって、ありとあらゆる項目が並んでいた。

「これって、ひょっとして高いスマートフォンにスペック変えられたりする?」

 もしそれが出来るなら、安いスマホを買って、高いスマホを売る転売屋が出来る。

 今のバイトなんてやらなくても良さそうだ。

 そう思ったけど、やはりそう世界は甘くなかった。

 CPUのプロパティは薄い淡色で、さっき変えられたグラデーション属性のように色が青くない。俺がどれだけ見つめても、値を変更できなかった。

「淡色の属性項目は変更できないのか」

 俺は納得しながらも、何か変更できる項目はないかと、青い属性を探した。

「あ、これなんだろう」

 大抵は変更できない属性だったけど、青い属性もあった。

 そこには、使用時間とあり、少しずつ増えているようだった。

 俺はその使用時間を〇にしてみた。

 その効果は劇的だった。

 使い古したガラスにひびの入ったスマホが、新品同様に変わっていた。

「え、これって凄くないか?」

 俺は、その瞬間、俺が身につけたこのよく分からない能力が、とてつもない可能性を秘めていることに気がついた。


 俺は夢中でプロパティの変更で出来る事を試してみた。

 例えば、スマートフォンのように色々な部品で出来ているものは、どのレベルまでプロパティが分解できるのだろうか。

 やってみた結果は簡単だった。

 分解した瞬間に別々のオブジェクトとして認識される。塊である間は、一つのオブジェクトのままなんだ。

 例えば、そのままの状態ではどうやってもスマートフォンは一つの塊としてのオブジェクトだ。

 だけど、バッテリーを外したり、SIMカードを外した瞬間に、別々のオブジェクトとして、プロパティを設定できるようになった。

 だけど、もう一つ分かったことがある。

 町中を歩く人を見て、それを理解したんだ。

 このプロパティは、人間に対しても存在すると言うことを。

 それに気付いてから、俺はこれを使えば、この世界を糞ゲーから、俺が楽しく暮らしていける世界に変えられるんじゃないかと思った。

 例えば、俺のことを嫌っている奴がいたとしても、プロパティを変えればなんとかなるかも知れないって考えたんだ。


 最初は部屋の窓から道路を歩いている人を見つめたけど、プロパティが出なかった。

 だから人間には通用しないのかと思ったけど、道路の他のものを見てもプロパティが現れないことに気付いた。

「相手に集中しないとダメなんじゃね?」

 俺は、この変な能力を理解することが一番先にすべきことと認識した。

 最初に実際に距離を少しずつ離していき、どれくらいの距離まで使えるか確認してみた。

 そしたら、思ったよりも距離は長くまで使えた。

 だいたい一キロメートルくらいだ。

 だけど遠くなればなるほど相手が選択しにくくなる。人間の集団がいたような場合、その一人を選ぶのは相当困難だった。

 そして、肝心の人間のプロパティだけど、ほとんど全ての属性項目が淡色表示がされていた。

 つまり変更できないと言うことだ。

 属性情報には好感度というのもあった。

 俺はそれが変えられたら色々おもしろいことが出来ると思った。もし自由に変えられたら、人生イージーモードは間違いない。だけど、残念ながら好感度は淡色表示だ。

 ただ、ステータスという属性の詳細表示に、色々なバッドステータスがあって、それは変えられるようだった。

 町中で歩く人の属性を試しに開いてみたけど、凄い数のバッドステータスの選択肢が出てきて圧倒された。

「何だよ。これじゃ誰かへの嫌がらせくらいにしか使えないだろ」

 気の弱い俺には、そんな邪悪な属性を使うことは出来そうもない。

 余り人には使えそうもなかったので、取りあえず都合の良いことは諦めて、空を仰いだ。

「凄いと思ったけど、やっぱりそう世界は甘くないか」

 何もない空をしばらく眺めていると、アプリのメニューっぽいものが突然俺の視界に現れてくる。

「こ、これって、ひょっとしてメニュー画面?」

 そこには、PCでおなじみの『ファイル』から横一列に並んだ画面があったんだ。

 そして、そのメニューのタイトルに書かれている文字は――。

『Hello Real World - World Integrated Develop Environment(WIDE)』


 これって、バイトで使っていたシステム統合開発環境とほとんど同じだった。

 そしてメニュー画面をいくつか操作してみて、一つだけ理解できた。

 恐らく、この世界クソゲーを、誰かが作った。

 このWIDEというツールはその為の開発キットなんだろう。

 開発キットだから、これを使えば新しいオブジェクトを配置することも出来るはずだ。

 俺はこの世界にオブジェクトを配置しようとしてみて、気がついた。

 全てのオブジェクトの追加が禁止されている。

 つまり、この世界はもう完成していて、変更や改変を許していないんだ。

 辛うじて出来るのは、既に出来上がったオブジェクトの属性変更だけ。

「やっぱり、この世界はクソゲーだね。しかも世界改変も出来ない最低のクソゲーだ」

 俺がそう呟いて、再びメニューを見たとき、それは起こった。


 * * *


 昔話をしよう。

 そこは恐ろしく精度が高く、そして後から人為的な改変も出来ない、おもしろくもない世界クソゲーだった。


 俺の話を、猫耳の少女はうっとりした目で、緑髪の美少女は興味深そうに耳を俺の方に向けて聞いている。

 そして冷たい瞳が特徴的な少女は、熱い目線で無口のまま俺をじっと見つめていた。

 そして、沢山の仲間達が、俺の周りにいて、俺の話に聞き入っている。


 そこは紛れもなく、俺の世界だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る