現実と幻日の狭間

レベリング作業に入って5日目。

Xデーまで残り10日になった。


レベル99の俺やミレーヌ、ロンフー以外の面子に関しては熟練度のレベル制限に達してしまったが、それでも複数の職を極める事が出来た。



――が、ここで少し問題が出て来た。




「やっぱり駄目ですね。間違いなく旦那の仰る手順通りやってますが、全員失敗しました。」


「例のレベルアップ法に関してもです。シュウ殿がいないと効果は出ていないと報告が入っています。」



レベルアップの合間にロンフー以下数名にバグ技を教えようとしたのだが、俺以外にバグ技が使えないと言う事が判明した。


加えて、熟練度のレベルキャップに引っかかった者をチームにして、経験値テーブルがズレる事を利用したレベルアップバクである『幸福の1歩』を試させたのだが、こちらも効果が発動しなかったらしい。



何度か人を変えて試したがダメ。

分かった事は俺がパーティーに入っていれば使える。だが、俺がいないと発動しない。


魔法の袋の中で魔鳥の翼を使う事で、アイテムを無限増殖させる等の様々なバグを引き出す『魔鳥の翼バグ』は、別の誰かに俺の魔法の袋を使わせても発動しなかった。



こうなると、バグ技自体はフィルの読心の様な、俺独自の能力と考えた方が良さそうだ。


しかし、何にせよ困った事になった。

俺しかバグ技が使えないとなると、時間が足りん。


『幸福の1歩』でレベルを99にするのに、おおよそ

1日かかる。


つまり、後10人しかレベルMAXに出来ない上に、俺の手が完全に止まってしまう。

ステータスアップの種に関しても俺1人しか量産出来ないのなら、流石に100人分は用意出来ない。


現在の俺の職業コンプ数は12個。

残り6個の職業を極め、隠されたダンジョンに挑まねばならない為、そんな時間はない。



「·····しょうがないな。少し方針を変えるぞ。と言っても基本的にはやる事は変わらんがな。」


「旦那の熟練度上げをメインに、俺達のレベルアップ、ですね?」


「そうだ。問題は俺がダンジョン攻略で抜けてからの話だが――。」


そう言いかけると、ニヤリとロンフーが笑う。


「そこは俺に任せて下せぇ。アイツら100人。しっかりと鍛え上げて見せますよ!何の因果か、旦那と同じ『勇者』になっちまいましたしね。」



そう。何とロンフーの奴、3つの上級職を極めて『勇者』になってしまったのだ。


まぁ勇者職自体は確かに強いが、最強という訳でもない。単発火力なら戦士派生のゴッドハンド何かの方が強いしな。



「――でもまぁ確かにお前がいるなら、狩場をに変更しても大丈夫だろう。」


「·····隠しダンジョン?それって旦那達が行く予定の邪神が封じられてるとか言う·····。」


「ああ。あそこの魔物は下手なボスより強い。適正レベルは70オーバーだから充分レベルと熟練度上げを行えるだろう。」


「いや、それどんな魔境っスか!?」


うん。クリア後のやり込み要素って魔境だよ。

あそこをクリア出来るならどんな魔王も倒せるさ!


「まぁ最奥まで行くのは俺達だけだ。お前達はレベル上げに専念すれば良い。頑張れよ!勇者様!」


「いやいや!!もうそれパワーレベリングってレベルじゃねッスよ!?」



その日はそのまま日が暮れるまで荒野での特訓を続けた。


今は皆でテントを張り、野営の準備をしている。

俺達のメンバーはレベルこそ高いが、所詮は元々非戦闘員の神官だった者が大半だ。


なので、今日からサバイバル訓練も兼ねて野営をする事となった。


俺は和気あいあいと夕餉の準備をする皆を、少し野営地から離れた高台で1人黄昏ながら眺めていた。



――つくづくこの世界は不思議だ。


日本語の読み書きが通じるのもそうなのだが、ネットスラングさえも通じる時がある。

この世界はどうなっているんだろう?


魔物の数や生態も謎だ。

ここ数日で既に累計万単位の数を倒している筈なのに一向に誘引される魔物の数が減る気配がない。


どういう原理で魔物は現れるのだろう?



·····前から少し感じていた不安がある。

この世界はなんと言うか、俺にとって都合が良過ぎる気がするのだ。


あまりにデーモンクエストと言うゲームを踏襲し過ぎている、と言い直しても良い。



この世界は俺の明晰夢に過ぎず、本当の俺は自分のアパートの一室で酔い潰れて寝ているだけなんじゃあないのか?


そうでなかったとしても、バグ技を使えるのがプレイヤーたる俺だけなのであれば、他の皆、リリーもステラもミレーヌもフィルもロンフーも、ゲームと同じく単なるNPCに過ぎないんじゃあないのか?




漠然とした不安に苛まれ出した瞬間、俺の腕に何やら柔らかい感触を感じた。



「シュウ様?そろそろ夕食に致しましょう?」



――フィルが俺の腕を抱き締める様に、身体を寄せて来ていた。


身長差がそれなりにあるので、丁度俺の肘のやや下辺りにフィルの胸元が来る。



ふにゅふにゅ。



うん。当たってるね。

微かに、でも確かに柔らかい何かが俺の腕に·····!



「くすくす。そんなに喜んで頂けるなんて、わざわざ胸当てを外したかいがありましたね。」


何やってんの!?

ここ神殿の外なんだぞ!?


「·····ここが現実かどうかと悩まれていたようですから。どうです?現実だと実感出来ました?」



――!

·····そうか。心配させてしまった様だな。



「いえいえ。これからが本番ですしね。シュウ様にはしっかりして頂かなくては。」



あぁ。しっかりとここが現実だと――。



·····いや、あの。

しっかりと現実だと認識したので、そろそろ辞めて貰えません?


ニヤつきながらふにゅふにゅと胸を押し付け続けて来るフィル。


ふにゅふにゅふにゅふにゅふにゅふにゅふにゅ。



いや、その、ホント·····。



「えぬぴーしーとやらが何を指す言葉かは分かりませんが、私はここにいます。――貴方の横に。」


·····あぁ。そうだな。

フィルやミレーヌ。ロンフー達をNPC扱いするなんてどうかしていた。

それは共に戦って来た皆に対する侮辱でしかない。



「わかって頂けた様で何よりです。ですので、甘んじて現状を受け入れて下さいまし。」


·····え?まだ続くの!?


「さぁ。向こうでミレーヌ達が待っておりますわ。」


え。いやいやいやいや!

嘘だよね!?え?


「ふふ。我慢出来なくなったら言ってくださいね?」


何を!?ねぇ何を!?


小さなフィルの歩幅に合わせて歩かされ、たっぷり生殺しのまま野営地に戻る事になってしまった。



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