電賊 エドワードと九人の仲間たち

和泉茉樹

第1話 秋葉原

1-1 仮釈放


     ◆


「また会えるのを楽しみにしているぜ」

 そう言って警備員に送り出された先は一面の砂漠だった。

 振り返ってみると、ぐるりと高いフェンスに囲まれた巨大監獄がそびえている。どことなく攻撃的で、要塞のようにも見える建築。

 砂漠の真ん中にあるのは、脱走しようと思っても、こんな僻地では数日で干からびてミイラになるからかもしれない。

 周囲を見回すと、監獄の職員の憩いの場なのか、面会者が肩を落として話す場か、レストランのようなものが見えた。

 あそこで電話を借りて、タクシーでも呼ぶことにするか。

 レストランへ踏み出した時、遠くでクラクションが鳴り、そちらを見ると電気自動車が走ってくる。見るからに自動運転ではなく、随意運転だ。

 待っていると、そのクラシックな電気自動車は俺の目の前で停車した。デザインだけではなく、かなり使い込まれた車体だ。どこかノスタルジックである。

 運転席の開け放たれた窓からかを出した男がニヤッと笑う。

「久しぶりだな、エドワード」

「そうだな、ニール」

 昔馴染みのギャンブラー、ニール・ヴェブレンは三年ぶりに見るが、全く変わっていない。

 ぐっと、身振りで俺を誘う。

「乗りな。文明社会に連れて行ってやるよ」

 思わず首を振りつつ、俺は助手席に乗り込んだ。すぐに車が走り出す。

「最近はどうやって食っている?」

 他に話すこともなく、そう口走っていた。ニールはニタニタと笑う。

「ギャンブルが俺の特技にして生き甲斐さ。監獄はどうだった?」

「規律正しく、健康体になったよ」

 そいつは良かった、と言うニールはアクセルを目一杯に踏んでいる。

「俺が今日、仮釈放になるってよく知っていたな」

「そこまで仲間意識の薄い俺でもないぜ」

「何か裏があるな?」

 すぐには答えず、食うか? とダッシュボードからガムの入ったボトルが差し出される。

 一粒もらって口に入れる。変な味がするが、噛む。

「成金趣味のお前が、こんな車に乗っているのは不自然だ、と俺は気づいてしまったんだが、宗旨替えか?」

「俺は別に成金趣味じゃない。この車は路上に停まっていたのを無断で借りた。いつか返すよ」

「俺を刑務所にもう一度ぶち込みたい時に、そういう貸し借りはしてくれ」

 肝に銘じておく、などと言いつつ、ニールは笑っている。

 奴は根っからのギャンブラーで、すでに全盛期の栄光も過ぎ去ったラスベガスを拠点に、丁々発止、賭け事の日々を送っているんだろう。あまりに熱心で、きっと死ぬまでやめないだろう、と思わせる何かがある。

「それよりな、エドワード、仕事をしようぜ」

 急に話題が変わるが、いつもこんなものだ。

「どういう仕事だ? 清掃員か? それともディーラーをやっつけるのか?」

「俺たちの仕事を忘れたのか?」

 まさかと、大仰に表情を作ってみせると、ニールが何かを企んでいる笑みを浮かべる。

「電子マネーをやる構想がある」

「電子マネーね。どこかの秘密口座から持ち出すのか? それとも偽造か? なんともロートルな、前時代的な仕事だな」

「俺たちはまだ若い。何歳? 俺は三十一」

「俺は三十四」

 いつの間にか歳をとったものだ。

 オーケー、とニールが応じる。

「まだ若いな。もっと大胆にやる。世界中の電子マネーが対象だ」

 それはまた、大仕事になりそうだ。

「何人でやる?」

「俺とお前の二人だ。俺がお膳立てをして、お前が働く。儲けは半分ずつ」

 全体像が掴めないが、重要な点を確認する必要がある。

「俺はマインド・コンテンツ・インターフェイスが不活性状態だ。このままじゃ何もできない。もちろん、仮出所中は活性化できないが、バレなければ問題あるまいよ。それでも精密生体手術を受ける必要があるが、あてはあるか?」

「知り合いは大勢いるが、実はもうアジトも決めてあって、ちょうどいい場所がある」

「どこだ?」

「千葉シティ」

 チバね。伝説的な場所だ。

 日本は極微小有機群体を応用した生体科学の発展に力を注ぎ、半世紀前に歴史上で最も成功したが、凋落も早かった。

 ただ、当時の遺産として、医療技術の水準は世界トップクラスだ。

「車じゃあ行けないが、足もあるのかな」

 あれだ、と遠くをニールが指差す。目で追うと、飛行機が飛んでいるが、こちらに近づいてくる。

 みるみる大きくなった機体は、小型のジェット機で、しかも不整地の砂漠の中から開けた場所を選び、見事に着陸した。

 ジェットエンジンの轟音の中、ほとんど横付けした車を降りて、飛行機に乗り込むと、少しホッとした。やっとあのでかい監獄ともおさらばだ。

「このジェット機も借り物か?」

 肩をすくめるニール。

「ちゃんと偽造電子マネーでお支払いしたよ」

 こいつはどうも、俺は最初から危ない橋を渡るしか選択肢がないらしい。

 三日もかからずに日本に渡り、俺たちの姿は千葉シティの路地裏にある闇医者の病院にあった。

 闇医者は老人で、頭が禿げ上がっている。両手はサイボーグ化され、完全に機械で、腕というよりは装置という感じ。瞳も義眼、左右で大きさが違うし、右目にはレンズが四つある。

 俺はベッドにうつ伏せになり、老人が首筋を弄るのに任せていた。

 やることもないので、昔のハリウッド映画を古びた液晶パネルで見るが、最後までたどり着く前に手術は終わってしまった。

「起動してみな」

 闇医者に促されて、寝台に腰掛けて、じっと宙の一点を見る。

 急に半透明のメーカーロゴが浮かび、次に無数の文字の表示が流れ、消えた時、俺の中で眠っていたマインド・コンテンツ・インターフェイスは再起動した。

 パッケージは、ホットリミット第八版。最新のソフトだ。

「微調整するかね?」

「いや、自分でできる。いくらだ?」

「三百万円。日本円で」

 待ってな、と待合室へ行くと、時差のせいかソファにニールが伸びている。

 構わずに奴の持っているトランクに手を伸ばす。持ち主に警告する仕組みを、警告を発する前に乗っ取った。マインド・コンテンツ・インターフェイスがトランクの電子錠、その複雑な数列を一瞬で検証し、解読、スマートに暗証番号と各種認証データを暴き出す。

 バチン! とロックが外れた。

 勝手にトランクの中身を漁ると、ビニール袋に入った札束がある。アメリカドル、中国元、そして、あった、日本円だ。三束抜き出し、治療室へ戻ると、闇医者に紙の束を投げる。

 受け取った闇医者の義眼が瞬く。一瞬で全部が本物で、かつ、三百枚あることを調べたのだ。

「毎度あり。何かあったら、また来てくれ」

 ひらひらと手を振って待合室に戻ると、ニールが起きていて、伸びをしつつあくびをした。

「どうやら治ったらしいな」

「三百万円ほど拝借したよ。いつか返す」

「すぐ返せる事態を計画しているんだ、気にするな」

 トランクを手に、ニールが立ち上がる。

 二人で外へ出ると、俺の視界にはここに来る時は見えなかった、華やかな世界が広がっていた。

 無数の拡張現実の立体映像。客引き、広告のリアルな動画。すぐそばにある風俗店の前には無数に美女が並び、客がその姿に触れると、一瞬で女の服が消え去る。攻撃的な看板だ。

 視界が先ほどとは違う色彩に溢れるのは、マインド・コンテンツ・インターフェイスの機能拡張が行われたせいで、ほとんど全ての情報を映像化出来ているからだった。

 実際には聴覚でも、触覚でも、嗅覚や味覚ででも感じ取れるが、それは邪魔なのでカットしている。

 千葉シティの空は様々な色で溢れ、、その色は情報の密度で異なる。複雑怪奇な流れが、激しく行き交っていて、空を埋めそうだ。

「アジトはどこだ?」

「黙ってついてきな」

 ニールの先導で駅まで進み、電車に乗る。東京方面の電車。車内の人間はぼんやりと虚空を見ている。マインド・コンテンツ・インターフェイスが、紙の本も、携帯端末も、駆逐してしまったからだ。

 窓の外を見ていると、急に海が見えた。

 ここ十年の海面上昇により、東京も住めない土地が増えたと聞いている。

 高潮や津波を警戒する巨大な壁をやり過ごすと、大都会の明かりが見えた。しかし遠い。あそこが新宿だろうか。

 電車は秋葉原で降りる。過去には電気街ともポルノ街とも呼ばれたが、今は、無法地帯のはずだ。

 駅を出ると、電車の中から見た都会の一角が、こんなに薄暗いのかと驚いた。しかし情報の流れだけは激しい。ネオンサインがまだ現役で、日本語の漢字やカタカナ、ひらがなが渾然一体となってがピカピカと光っている。

 目の前の子供が走り抜けたかと思うと、歩いていた今時珍しい会社員らしい男にぶつかり、男が倒れる。手放したカバンを子供が強奪して走り出す。

 男も男で、懐から小型の電気銃を抜いて、発砲。

 しかし狙いがそれ、無関係のホームレスの老人に命中する。

「ここは神に見捨てられた地か?」

 思わずニールに言うと、かもしれん、という返事だった。

 二人で通りを進み、脇道にそれ、さらに細い道を選ぶように進むと、四階建ての雑居ビルに出た。

 こんなところで大丈夫か、と思いつつ、マインド・コンテンツ・インターフェイスの機能で、無線通信の濃度を反射的に確認した。

 視界に色が溢れる。

 こいつは……とんでもないな。

 目の前のビルからは真っ赤な光が周囲と膨大にやり取りされている。

 得意げにニールが言う。

「これだけ通信が過密なら、ちょっとやそっとじゃバレやしない」

 悪くないね。

 そう応じつつ、俺たちは建物に入り、四階の角部屋のドアを、ニールが接触端子に触れて開錠する。

 中に入ると、自動で明かりがつく。

 大量の電子機器が並んでいる。ほとんどは知っているが、知らないものもある。最新の装備だろう。

 それでもこれだけの支度をするとは、だいぶ大掛かりな準備だ。

「いけそうかい? リライター」

「やってみるさ」

 俺は上着を脱いで、近くの端末に手を伸ばした。

 金属の冷たさを感じると同時に、静かな高揚を感じた。



(つづく)

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