ふにふに

しろめしめじ

第1話 掘り出しもの物件ですよう~!

「いかがですかああ、こんな掘り出し物の物件は、滅多に無いですよううう」

 繭椿隼人は細い眼を波打たせながら、とっておきの営業スマイルを浮かべた。

 凹凸のないのっぺりとした顔立ちと、荒野を彷彿させるたんぽぽの綿毛のような黄昏た頭髪。それに、もったりと間延びした営業トーク。全てにおいて、これでもかと言わんばかりの脱力系キャラだ。

 彼のその風貌に、なんとも言い難い人の好さを感じつつも、対峙する高邑蓮多郎は油断ならじとポーカーフェイスを崩さない。

「安けりゃいいってもんじゃない、だいたい敷地面積四百坪で新築の六LDKなんて豪邸が四千万で買えるものかっ! おまけに駅まで徒歩五分に路線バスの停留所まで徒歩二分の立地条件だと? いかにも何かありますよって感じじゃないかっ!」

 蓮多郎は声高に繭椿のへらへらスマイルに喰らいつくと、鋭い目線で彼を威嚇した。

 余りにも話が旨過ぎるのだ。新築も新築、完成してから一カ月ちょっとしか経過していない。車で言うと新古車的物件だ。ネット掲載前の御買い得な物件情報が入ったと、飛び込みで営業に来た繭椿の話を聞き、半信半疑のまま内見に訪れた彼だった。が、どう見ても中古物件とは思えない、想像以上にまっさらに近い現況を確認して、彼の繭椿に対する不信感は一気に膨れ上がったのだ。

「へっへっへっ……御察しの通りで。勿論、無いわけではないです」

 繭椿は残り少ない頭頂部の毛髪をがしがしとかきまわした。本人の話だと、彼は四十代後半の蓮多郎よりも一回り若いはずなのだが、その風貌が災いしてか、実年齢よりも遥かに老けて見える。

 ちなみに蓮多郎は白髪交じりとはいえ、月に一回は必ず整髪に行く程立派にふさふさだ。

「どんな問題があるんだ?」

 蓮多郎は的を射た追及に得意げな表情で眉椿を見下ろす。

「実は、ここの住民、一家心中しちゃいまして……」

「一家心中?」

 伏せ目がちに小声で話す眉椿を、蓮多郎は一瞥した。

「ええ、ここから十キロ先にある極楽岬から車で真っ逆様。あそこは潮流が速いので遺体は見つかっていませんが、車の残骸が見つかってから、かれこれ一カ月になりますんで、もはや絶望的でしょう」

 繭椿はおもむろに吐息をつくと、表情を曇らせる。

「同業者だったんですよ。仕事柄、顔を会わせる事も何度かあったんですが、何の理由でこうなってしまったのか。夫婦仲は良く、仕事も順調だったと聞いていますし。ただ思い当たる節があると言えば……実は、彼には同居している寝たきりの親がいまして……彼は婿養子だったんで、奥さんの方の母親なんですが……その世話で疲れ切っていたんでしょうかね」

「それは、残念な事を」

 しんみりと語る繭椿を、蓮多郎は感慨深気に見つめた。

「それでと言っては何なのですが、こういった物件ですので、それなりの処置はさせていただいております」

 申し訳なさそうに語る繭椿の眼に、露骨なまでに商魂の炎が揺らめく。

「まさか、あちらこちらに御札を貼りましたってんじゃあないだろうな」

「滅相も御座いません、それはもはや一昔前の話で」

 おたおたする繭椿を尻目に、蓮多郎は周囲を見渡した。確かに、天井や柱、壁には魔除けの御札らしきものや護符、更にはその類が貼ってあった痕跡すら見当たらない。

「あの~当方は比較的こういった物件の扱いに関しては手慣れておりまして、勿論対応は最新最善の方法をとらせていただいております」

 繭椿は低姿勢背筋六十度のまま、不器用そうにアタッシュケースを空けると、中から書類を一枚取り出した。

「御祓い証明書です、みなさん御存じの一級霊能士資格保持者の絹川りおが責任を持って処置させて頂いております」

「本当か! あの絹川りおが?」

蓮多郎は突然興奮しだすと、繭椿に激しく詰め寄った。無理もない。弱冠十六歳という若さで霊能士界の頂点に君臨する実力もさることながら、容姿端麗頭脳明晰といったアイドル顔負けのスーパースターだ。ちなみに、歌手デビューと写真集発行の噂話も飛び回っている。

「はい、左様で……弊社は絹川先生と専属契約を結んでおりますので」

 眉椿はまたまた意味もなく申し訳なさそうな顔をすると、アタッシュケースの奥からメタリックな光沢を放つ数センチ程のカードを取り出した。カードが無数の光線を放つや、互いに糸状に絡み合いながら、高さ十センチ程の像を紡いでいく。PAC――ポリフォニック・アド・カード。数年前に開発され、ここ何年かの間で躍進的に進化し爆発的な流行を生んだAV機器だ。この機能は最近パソコンやケータイにも組み入れられ、家庭で簡単に立体画像を楽しめるようになった優れ物である。

「はじめまして、絹川りおです。あなたの大切な家は私が守ります」

 巫女の格好をした長髪で清楚な顔駄ちの絹川りおミニチュア立体動画がぺこりと御辞儀をすると、華々しくもしとやかに幽玄な趣きのある舞を踊り始める。

「よろしかったら、差し上げます。何でもネットのオークションでプレミアついてるらしいです」

「本当か、そりゃあ済まないね。有り難く頂戴するよ」

 蓮多郎は受け取ると、大事そうに上着の内ポケットに滑り込ませた。

「どうでしょうか、奥様やお子様方と御相談してみれば――」

「あなた、凄いわよっ」

 まるで繭椿の意中を察したかの如く、妻の佳奈美が興奮した口調で蓮多郎達の会話に割って入った。

「キッチンはオール電化だし、シンク周りは大理石だし、収納も一杯有るし……」

「私達の部屋もあるし。もうお兄ちゃんと一緒じゃやだし」

 顔を紅潮させながらマシンガントークを披露する佳奈美の横から、双子の娘――葉奈美と都喜美が顔を出す。その横で息子の耶磨人が不満気に俺だって嫌だと呟く。

 確かに、今生活している手狭な三LDKのマンションは限界といやあ限界かもしれない。娘二人は中一、息子は高一だ。難しい年頃でもあったりする。流石に同じ部屋はどうかと思うのは当たり前のことだろう。

「もし、すぐにでも決めて頂けるのでしたら、特典を用意しております」

「特典?」

 繭椿の意味深な口調に、蓮多郎は訝しげな表情で彼を凝視した。

「はいっ! 家がもう一軒ついてきます!」

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