第701話 涙の溢れた地


 涙の溢れた地というちょっと変わった名前の湿地帯へとやってきた。そこでワニの紫雲さんがいたので、そこへと近づいていっている。

 いやー、まさか待ってる人がいるとは思わなかったね。いたとしてもジェイさん自身が居るような気がしてたんだけど、顔見知りとはいえ紫雲さんがいるとは予想外だっ。


 そしてとりあえず紫雲さんのすぐ側までやってきたので、ちょっと話をしていこうか。このまま案内してくれるのかもしれないしね。


「おっす、紫雲さん。もしかしてだけど、俺らを待ってた?」

「いんや、俺はスキル強化をしてただけだぜ。ただ、ジェイさんから『もし見かけたら伝言と連絡をお願いします』って連絡が青の群集の森林の中で回ってるだけだなー。んで、そこにケイさん達が現れたって訳だ」

「ちょっと待って、ジェイさん何やってんの!?」


 紫雲さんが普通に出迎えで待機していたのかと思ったけど、そんな事は全く関係なかったようである。というか、青の群集の森林エリアに俺らが行くって情報が出回ってるのか!?

 いや、それはとりあえず良いとしよう。良くはないけど、せめてその判断をするには理由と伝言とやらを聞いてからだな。


「……それで伝言ってのは?」

「お、そりゃ言っとかないとな。えーと『直々に待っていたいところですが、現在黒の統率種の方の対応中ですので、辿り着いたら森林エリアの中央の群集拠点種のノドカの前で待ってて下さい』だそうだ」

「あー、なるほど、そういう事か」

「おー! あのタコの人の対応中なんだねー!?」

「そういや対戦を望む人とは対戦するって話だったよね」

「意外とそこで時間がかかって、まだ終わってないって事かな?」

「あー、それもあるだろうが、言うほど時間も経ってないからな」

「……そうだっけ? あ、まだ10時くらいなのか」


 8時半くらいに出発してからもっと時間が経ってた気はするけど、そんなもんだったんだな。ふむ、確かにまだ思ってた程は時間は経ってないね。あ、でもそろそろ経験値の増加の効果が切れそうだ。


<『経験値の結晶の欠片』の効果が切れました>


 そう考えていると同時に効果切れになったかー。もっと大々的に経験値を稼ぎたかったけど、まぁあのカニの大量の経験値を増加させられたから十分だと思っておこうっと。

 あの1体……厳密には途中から4体に分裂したけど、あれだけで夕方の雪山でのフィールドボスを倒す以上の経験値は得られてたし、欲張り過ぎて死んでも意味ないもんな。あのカニを逃していたら別だけど、ちゃんとたおしたから決して無駄遣いではないしね。


「俺も1戦やってきたが、無所属ってのも変わってるもんだなー」

「お、紫雲さん、戦ってきたんだ?」

「おうよ。目的が倒される事だから俺が倒したんだが、ぶっちゃけ対戦としては俺の負けでなー。悔しいから、ここでスキルの強化をしてんだよ。目指せ、水の昇華!」

「あー、なるほどね」


 そういや紫雲さんは水の昇華を狙っている最中だとか言ってた気がするけど、それを鍛えてるんだな。占有している森林は……聞いた感じだと戦場になってそうだし今は特訓には使いにくくてこのエリアにいるのかもね。

 それにしても紫雲さんはタコの人に力量では負けたのか。あくまであのタコの人はカーソルを白に戻すのが目的だから、最終的には倒されたみたいだけど……。まぁ、理由がどうであれ自分より強い人がわざと殺られたという状況なら悔しくもなるよね。


「って事で、伝言は伝えたぜ! あとここから南に下って、滝がある場所から森林エリアに行くのが良いぜ!」

「あ、そうなのか。色々ありがとな、紫雲さん!」

「なに、良いって事よ。それじゃ俺は特訓に戻る! 『水の操作』!」


 そう言って紫雲さんは水の操作の特訓を始めて……いや、戻っていったと言うべきかな? お、よく見るとここの湿地帯って深さが一定ではないのか? 紫雲さん自体はワニの頭しか出てないけど、操作して持ち上げた水の部分が一瞬だけど、泥濘んだ土が見えた。

 ふむ、ちょっと降りてみて深さがどうなってるのかが気になってきたけど、確認するのは後でもいいか。今ここでやると紫雲さんの邪魔になりそうだしね。


「よし、アル、移動再開!」

「おうよ。とりあえずこのまま南下だな」

「紫雲さんが滝って言ったし、滝があるのは確定かな?」

「どんな滝なのか、楽しみです!」

「エリア名の『涙の溢れた地』に関わってそうだしね」

「だよなー」


 多分、涙の由来はほぼ間違いなく滝なんだろうけど、具体的にどんな滝なのかというのは気になるところ。その滝になる川を下ってきた時の水量は決して少なくないから小規模な滝とは思えないけど、大瀑布とか言われるような規模でもないはず。ま、そこら辺は実際に行ってみれば分かるか。


「よし、そこまで行って滝を見ながらスイカを食べるか」

「賛成なのさー!」

「あ、それは良いね」

「私も賛成かな! あ、でも私がこのままスイカを持ってても冷やしたのは平気かな?」

「うーん、大丈夫だとは思うけど、不安なら私が氷で持ってようか?」

「なんとなくその方が良い気がするから、ヨッシ、お願いかな」

「了解。それじゃ一度スイカを置いてもらってもいい?」

「えっと、こんな感じかな?」

「うん、それで大丈夫。それじゃ『並列制御』『アイスプリズン』『氷の操作』!」


 一度サヤがアルのクジラの背中の上にスイカを置いて、それをヨッシさんが手動操作にした氷の檻で持ち上げていった。ほほう、そういう持ち運び方もありか。これなら俺のアクアプリズンやアースプリズンでも同じように運べそうではあるね。冷やすという観点からは微妙な気もするけど……。

 それにしてもサヤが少し気にしてたみたいだけど、冷やした状態のものを普通に持って運んだ場合ってどの程度で冷やされてない状態に戻るんだろ? いつまでも冷えてないのは間違いないだろうけど、その辺がよく分からないな。……だからサヤも気にしたんだろうけど。


「じゅるり……。スイカを食べながらの滝の見物が楽しみなのです!」

「さて、ハーレさんも待ちかねてるみたいだし、出発していくか」

「「「「おー!」」」」

「んじゃ行くぜ。『略:高速遊泳』!」


 今回はアルの号令に合わせての出発である。紫雲さんと話をする為に水流を解除してしまっているので、再度水流を生成するのではなく普通に飛んでいく形にしたようだ。

 まぁ水流はスイカを冷やすという目的が大きかったし、今の状況なら必要もないか。


「なぁ、アル。もう少し水面に近付けないか?」

「ん? それは出来るが、ケイ、何をする気だ?」

「んー、まぁ単純に言えばここの深さチェック? 岩でも生成してガリガリガリと底を擦っていこうかと」

「あー、もう少し穏便にならねぇ?」

「自力で潜って移動すればいけるけど、今はそれは面倒いし?」

「って、思いっきり手抜きの案かい!」


 まぁ手抜きといえば確かに手抜きではあるな。岩の操作をアルと併走させながらぶつかるとこをチェックしていこうって手段だし……。

 ザッと見た感じでは木で足場が作られた場所以外の深さの違いが分からないんだけど、さっきの紫雲さんの様子を見た限りじゃ結構位置によって深さが違いそうなんだよね。


「はい!」

「どした、ハーレさん?」

「ケイさん、それを調べて何か意味がありますか!?」

「……特に意味はないな」


 手抜きであるから場合によっては湿地を荒らすモノとかの称号は取れそうではあるけど、今ここでそれを取る意味は正直欠片もない。ぶっちゃけただの興味本位だし……。


「明確な理由がなうならここではやめておいた方が良い気がします! ここ、青の群集の占有ではないけど、それでも優先的なエリアだと思うのさー!」

「……確かにハーレさんの言う通りだな。ここではやめとくか……」

「その方がトラブルを避ける為には良いと思うのです!」

「……そりゃそうだ」


 興味本位でやろうとは思ったけども、そういうのは灰の群集の影響が強いエリアか、どこの群集の影響下にもない場所にしておく方が無難ではある。

 変に他の群集の影響が強いエリアを荒らして迷惑をかけるのも本意ではないしね。ふー、いつもと同じ感覚でいたから今のハーレさんからの注意してくれて良かったね。


「そうやって話してるとこで悪いんだが、全員掴まれ! 『略:旋回』!」

「きゃ!?」

「え、何!?」

「うぉ!? こんなとこで津波!?」

「わー!? これって水の昇華の取得をしてるのー!?」


 俺が水面に近付けてくれとアルに頼んだ時点で理由を聞きつつも高度を下げてくれていたアルが縦方向に急激に方向を変えて、前方から迫ってきていた津波を回避していく。ふー、みんなも咄嗟にアルの木にしがみついて落ちずに済んだね。

 そこからすぐにアルが元の体勢に戻していったけど……うっわ、チラホラ見えていた木で作られた足場やら水面に点々としている蓮とかを津波に呑み込まれていった。うん、場所こそ違うけど俺も似たような事をした覚えがありますなー。


「アル、ナイス回避!」

「何とか回避出来たか。流石に今のは死にはしないだろうが、少なからずダメージはあるだろうしな」

「あー、ここだとほぼ確実に青の群集の人の発動か」


 ふむ、やっぱりここは今までのどことも違って、青の群集の特訓エリアって事になるんだろう。……まぁ今は無所属のタコの人の関係で競争クエストで勝ち取った占有エリアが通常時と違う様子みたいだから、ここで特訓してする人は普段より多いのかもしれないけどね。

 ともかくさっきのハーレさんからの注意とか、今の津波とかでよく分かった。今いるこの『涙の溢れた地』は俺らにとって完全にアウェーな場所である。そこをちゃんと認識して動かないと。


「って、あれ? 津波があった割には、被害はそんなに無いっぽい?」

「ちょっと蓮とかの水草が傷んでるくらいかな?」

「木の足場は無事っぽいのさー!」

「そうみたいだね。……そういえば、整備クエストで作ったものって壊れる事ってあるの?」

「……今のところ、壊れたって話は聞いた事はないが」

「絶対に壊れないとも思えないってとこだよな」

「まぁ、俺はそう思ってる」


 うん、俺もアルと同じ認識だな。今さっきの様子を見る限りではあっさりと壊せるものではなさそうだけど、再現クエストで過去クエストが再現出来るという話や、競争クエストの再開催についても既に示唆されている。

 その辺の事を考えるのであれば、整備クエストについてもどこかで壊れて再整備という可能性も否定は出来ないはず。……まぁどういう形で壊れるかは不明だけどね!


「そういえば私達って整備クエストはしてないよね?」

「確かにやってないな」

「それ以前に森林深部の整備クエストのエリア自体にまだ行った事ないよな!?」

「あ、そういえばそうかな」

「妨害ボスも倒してないのさー!?」

「……今度、倒しに行くだけ行っとく?」

「……そうしとくか」

「賛成なのさー!」

「もし整備クエストの再開催があってもすぐに移動出来るようにはしておきたいね」

「うん、私もそれは賛成かな! ……ところで、森林深部の東側の湿地帯ってエリア名は何になってるのかな?」

「……そういや知らんな」

「俺も知らん!」

「……あはは、私も知らないかも?」


 調べる機会も無かったから、あの湿地帯のエリア名がどうなっているかとは全然確認していなかった。……まぁ整備クエストが終わってる訳だし、その時点で命名クエストが発生してエリア名は決まっているはず。


「ふっふっふ、あそこは『泥濘みの地』というエリア名になっているのです!」

「あ、そんな名前になってるのかな」

「スターリー湿原とかと違って、ここの名前と法則は少し似てる感じだね」

「まぁ命名クエストは4択からの多数決だしな。そういう事もあるだろうよ」

「確かにそりゃそうだ」


 アルの言うように多数決で決まる命名クエストなんだし、ゲーム全体のエリアの命名規則は統一はされないよなー。ネス湖みたいな思いっきりネタ的な選択肢になる事もあるくらいだしさ。


 おっと、そんな雑談をしながら進んでいたけど、視界内に滝らしきものが見えてきた。えーと地形的には森林が少しずつ傾斜が緩やかになっていて、途中で崖へと変わっているようだね。

 ふむ、そこで川が滝になっているようだけど、涙の由来はこういう事か。この滝は途中から流れが分かれた2つの滝になってるんだな。


「おー! 滝が2つに分かれてるんだー!?」

「だから涙なのかな?」

「多分そうなんだろうね」

「まぁ涙って言うよりは号泣っぽい感じだがな」

「あー、確かにそれっぽい」


 でもまぁ命名クエストの選択肢にどういうのがあったのかは分からないけど、何となく『涙の溢れた地』の選択肢を選びたくなる気持ちは分かった気がする。まだ距離のある滝と、その下に広がる湿地帯を含めて考えるのなら悪い選択肢ではないよね。


「よし、それじゃもう少し滝に近付いてから、スイカを食べるぞー!」

「「「「おー!」」」」


 今はまだ滝まではちょっと距離があるけど、もっと近付けば迫力はあるだろう。それに体感気温はないけども気分的には涼やかな感じだし、スイカを食べる場所としては良さそうである。

 それとは別に滝の上からの景色も絶景な気がする。青の群集の森林エリア、隣接のエリアがこの絶景って地味にちょっと羨ましいぞ!? いやまぁ、灰の群集の森林深部のハイルング高原とかも違った方向性で絶景ではあるんだけどさ。

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