第272話 騒動の後始末


 赤の群集で起きた騒動の事の顛末は全て分かった。そしてどう対応するかも決めた以上は後はそれを実行するだけだ。その為に中継を再開してからの段取りを決めていく。元凶のクマの人……いや、もう名前で呼ぼう。ウィルさんをどういう風に無残に散らせていくかが大事になってくる。


「それじゃ、俺が水流の操作で打ち上げたのをベスタがチャージの……えーと、なんだっけ? あれで仕留める感じで良いんだな?」

「『重硬爪撃』だ。だが、もっととっておきで仕留める形にしてやる。だが、ウィルもさっきまでみたいな手抜きはなしだからな」

「……どうしてだ? 流石にここまで迷惑かけてるのに、そんな真似は出来ないぞ」

「アホか! あの程度だと見抜くやつにはあっさり見抜かれるんだよ。良いから全力でこい。全力で散らせてやるからよ」

「……そうか。そうだったな」


 そして話し合いの結果、完全に自暴自棄になったウィルさんにうんざりした俺とベスタが容赦なく殲滅し、倒れ伏してとうとう負けを認めて悔しがっているところをガストさんとルアーに回収されて行くという感じという事になった。

 その後は赤の群集のエリアに戻ってから、今まで散々ボロクソに言われていたルアーがキレて、ウィルさんが自分から立ち去っていくという演出も加える予定である。


 そんな中に駆け寄ってくる見知った姿があった。まぁサヤ達なんだけど、どうしたんだろうか?


「ケイ、何かあったのかな!?」

「ケイさんもベスタさんも何か様子が変だったもんね!?」

「こら! サヤ、ハーレ、心配なのは分かるけど少し落ち着きなさい!」


 あ、そうか。そういや中継が途中でいきなり切れたままになってるから、何かあったんじゃないかと心配して見に来た訳か。まぁ、あの様子ではサヤ達なら何かがおかしな状態ってのは気付くよな。……やっぱり、最後は全力でやるべきか。


 とりあえずサヤ達に事情説明をしていく。みんな何か言いたい事はありそうだし、大体の内容は予想もつく。……まぁ俺らがここまでする義理がないのは間違いないんだけど、ここで放り投げて行くほうが後味が悪すぎるので大目に見てください。


「……とりあえず分かったよ。これはみんなには内緒かな」

「むぅ……。何か心配して損したよ!?」

「あはは、容赦のないケイさんが仕留めなかった理由はそういう事なんだね」


「おーい、中継再開は出来るようになったから準備が済んだら言ってくれ!」

「おう。すまねぇな、予定から盛大にズレちまってよ?」

「なに、良いってことさ。ま、内緒にしとく必要があるのには微妙に不満があるにはあるが、特等席で激戦が見れる訳だしな」


 中継役の木の人も協力的で助かった。足止め役もこの場所はオオカミ組だったので特に問題はない。これは知る人が少なければ少ない方が良い話だからね。マップで確認してみれば周囲にはこれに関係しているメンバー以外はいる様子はない。

 一応、何かあると察してこっそり聞きに来た人にのみ事情を話す事になった。大々的に聞いてくる人は喧伝しそうなので教えない方向ということにしている。


 そして中継役の木の人の背後に待機しているハーレさんが、クラゲの触手を3本立てて、カウントダウンをするように2本、1本と減らしていく。さて、始めるか。赤の群集の騒動の幕引きを!


「ちっ! あぁ、てめぇらが強敵だってのは認めてやるよ! それでもこっちには意地があるんだ、全力で一矢報いてやる! 『魔力集中』『アースクリエイト』『操作属性付与』『アースバレット』!」

「ふん、いい加減うんざりだ。ケイ、遠慮はいらん。全力で潰せ! 『魔力集中』『ウィンドクリエイト』『操作属性付与』!」

「そうだな、いい加減ウザったいからな!」


 まぁ勿論この辺は演技ではあるし、中継では音声はないからここまでする必要もない。だけど、誤魔化すために手抜きはしていられない。ウィルさんを本気の全力で倒すまで!


<行動値1と魔力値3消費して『水魔法Lv1:アクアクリエイト』を発動します> 行動値 52/53(上限値使用:1): 魔力値 111/114


 全力で戦う為に不要な上限値使用は解除して、使っているのは夜目だけである。まぁ発光くらいはあってもいいかもしれないけど、月明かりが出ている今なら夜目だけで充分だ。


<『並列制御Lv1』を発動します。1つ目のスキルを指定してください>

<行動値を19消費して『水流の操作Lv3』は並列発動の待機になります>  行動値 33/53(上限値使用:1)

<2つ目のスキルを指定してください。消費行動値×2>

<行動値を6消費して『水の操作Lv6』は並列発動の待機になります>  行動値 27/53(上限値使用:1)

<指定を完了しました。並列発動を開始します>


 ウィルさんが撃ち出した小石を水弾で側面から打ちつけて、次々と落としていく。なんだ、結構狙いは正確じゃないか。ガストさんには少し劣るけれど、決してウィルさんは弱くはない。そしてその間に距離を詰めて来ていた。


「ちっ、てめぇらは厄介にも程があるな! 『強爪撃・土』!」

「まだまだ甘い! 『並列制御』『ウィンドボム』『風の操作』!」

「何っ!?」

「『双爪撃・風』!」


 そしてベスタは爆風を並列制御を使って自分とウィルさんに向けて2方向へと指向性を持たせて推進力に変え、飛び退くと同時に攻撃も仕掛けていく。ベスタは着地すると同時に一気に距離を詰め、バランスを崩したウィルさんを斬り刻んでいく。うん、本気でやるとは言ったけど容赦ないな。

 さて、俺も追撃といくか。水弾は小石の迎撃で相殺になったので、水流の操作を叩きつけていく。全力で相手をしよう。


「くっ!? 『アースプリズン』!」

「その程度、甘いっての!」


 本気でやれば中々に善戦をしているけども、まぁこちらも手抜きはしない。拘束用の魔法を自身にかけて防御に使うって発想は面白いとは思うけどね。それでも全方位をカバー出来る訳じゃないから、覆われていない隙間を狙って絞った高圧水流を叩き込んでいく。

 よし、これでHPは半分を切った。そろそろ盛大に仕掛けるか。


「ぐっ!? 強過ぎるだろ、お前ら!」

「そんなの知った事か。ケイ!」

「おうよ!」


 これが最後の最大攻撃の合図である。俺の単独での昇華魔法で押しつぶし、そしてベスタのとっておきとやらで華々しく散らす予定だからな。


<『並列制御Lv1』を発動します。1つ目のスキルを指定してください>

<行動値1と魔力値3消費して『水魔法Lv1:アクアクリエイト』は並列発動の待機になります> 行動値 26/53(上限値使用:1): 魔力値 108/112

<2つ目のスキルを指定してください。消費行動値×2>

<行動値2と魔力値3消費して『水魔法Lv1:アクアクリエイト』は並列発動の待機になります> 行動値 24/53(上限値使用:1): 魔力値 105/112

<指定を完了しました。並列発動を開始します>


<『昇華魔法:ウォーターフォール』の発動の為に、全魔力値を消費します> 魔力値 0/114


「くっそ!? ま、負けてたまるかぁぁぁー!」


 滝に押し潰されていくウィルさんも、終わってなるものかと脱出を試みている。まぁ単独での発動だから、脱出可能な範囲の威力ではあるだろうけど、どうだろうね。徐々にHPが削れて4割、3割と減っていく。


「これで終わりだ。『並列制御』『重硬爪撃・風』『爪刃双閃舞・風』!」

「ちょ!? ベスタ、そんなのありなのか!?」

「はっ、とんでもねぇな……」


 ベスタは右の爪は地に着けた状態でチャージを開始して銀光が強まっていき、左の爪で連撃を繰り広げることで銀光が強まっていく。……そんな組み合わせってありなのかよ。いや、直接攻撃を狙うんじゃなくて連撃は距離を取っての追撃の風の刃で連撃を蓄積させるのか。どうしても無駄になる連撃も出てきているようだけど、それでも確実にウィルさんのHPを削り取っていく。


 その間にも右の爪の銀光も、左の爪の銀光も強まっている。違う手段で威力を増していく2つの応用スキルがベスタという使い手によって同時に強化されていく。よく4足歩行のオオカミでそんな曲芸が出来るね。……正直かなり無防備ではあるけど、この風の追撃の刃を掻い潜って接近するのは至難の業だな。


 ウィルさんも今回は間違いなく全力で回避を行っているが、ベスタの的確かつ容赦のない攻撃になす術もないようである。……まぁ応用スキルの同時発動なんてのは無茶な話だ。……あれ、そういや俺の水流の操作と殴打重衝撃のコンボも似たようなもんか。


「チャージ完了だ。くたばれ、赤の群集の愚か者!」

「……こりゃどうやっても勝てねぇわ」


 そしてチャージの完了したベスタが飛び上がり、上から振り下ろすように右の爪の強烈な1撃がウィルさんのHPを消し飛ばす。その余波で地面にも大きな爪痕が刻まれていた。周囲の木々も連撃の風の刃の流れ弾で切り倒され、結構な惨状と化している。

 俺としても予想以上のベスタの攻撃だ。これだけやればヤラセとは誰も思わないだろう。……いや、最後の方はウィルさんは本気で避けれてなかったしね。改めて思うけど、ベスタってとんでもないな。


 それにしても操作属性付与の追撃効果を利用すれば、連撃系とチャージ系の同時利用は可能なのか。軽く見た限りでも絶対に扱う難易度は高いけど、これは良いもの見せてもらったね。


「ケイ、最後の仕上げだ。行くぞ」

「おうよ!」


 残るは今の殲滅でとうとう敗北を認めたウィルさんを、ルアーとガストさんが回収していくとこまでだな。その後は赤の群集だけでやるので、あと少しだ。



 次にウィルさんがリスポーンした場所へと向かえば、そこには悔しがるように倒れ伏すクマの姿があった。まぁ演出なんだけどね。いや、近くてよかったよ。


「……ちくしょう、俺は間違ってたってのか……」

「いい加減負けを認める気になったかよ?」

「……ここまでボロ負けて、もう喚くはねぇよ」

「だったらとっとと失せろ。おい、ルアー、ガスト」

「……すまないな。手間をかけさせた」


 そしてそこに現れてくるのは予定通りのルアーとガストさんである。申し訳なさそうに俺とベスタに謝る素振りを見せるルアーと、不機嫌そうな雰囲気を欠片も隠していないガストさんだ。


「あー、普通に連れて帰るのも面倒だ。散々迷惑かけたんだ、このくらいは覚悟しろ」

「……え?」

「おら、吹っ飛んでいけ! 『ウィンドクリエイト』『強風の操作』!」

「うわっ!? う、うおっー!?」


 ガストさんの昇華の風によって一気に吹き飛ばされていくウィルさんの姿が見える。ま、このくらい大袈裟な演出にした方が真実味も増すだろう。それにしてもクマでも簡単に吹き飛ばせるんだな、昇華の強風の操作って。


「ガストさんもちょっと不機嫌か?」

「まぁ、色々思う所はあるからな。ケイさんと……ベスタさんだっけか。今回はありがとよ」

「……もう次は無いように頼むぜ」

「俺もベスタに同意。……流石に色々と疲れた」

「……善処しよう。それじゃ、また共闘イベントの方は頼んだぜ! 『自己強化』『高速飛翔』!」

「おう、またな!」


 ガストさんは一気に飛行速度を上げて、先に強風で吹き飛ばしたウィルさんを追いかけて帰っていった。さて、後はそっちで上手くやってくれよ。……まぁこの辺の発言は演出でも何でもなく本音だけどね。冗談抜きでこんなのは二度と勘弁である。


「おい、もう中継は終了だ。切ってくれ!」

「了解っと。色々とお疲れ様」


 これで完全にヤラセも終了だ。最後の戦闘は一切手抜きはしていない以上、前半で違和感を覚えた人も多少は誤魔化せるだろう。……まぁ一部の強者には見抜かれる可能性もあるけど、誤魔化したい相手はその辺を見抜けない便乗犯とかだから問題なし。


「……まぁ、結果的にはガストみたいな隠れてた奴が少しでも出てきたのと、マナーの悪い連中の行動を抑制出来たのがあいつの成果ってとこか」

「……かもしれないな」


 多分ガストさんはこの騒動がなければ表には出てきて無かった可能性が高いもんな。ま、これでウィルさんと便乗犯の心証は地の底に落ちた事だろう。ウィルさんがそこから這い上がれるかは本人次第である。這い上がってくる事を期待したいとこだけどね。


「それで、ルアーは大丈夫か?」

「……まぁなんとかな。これからが大変だし、弱音は吐いてられねぇよ」

「あー、どうも似たような立場っぽいから忠告しとくぜ。ルアー、気負い過ぎんなよ? お前にそこまで面倒を見なけりゃいけない義務はないからな」

「……そうか。そうだよな」

「どうしても厳しくなったら、灰の群集へ移籍して来い。歓迎するぜ?」

「ははっ、ここで勧誘されるとは思わなかったぞ! ……ありがたい話だが、今はまだ赤の群集で頑張らせて貰う」

「ほう? どうしてだ?」

「そうじゃねぇと、リベンジ出来ねぇだろ? それにウィルの奴も待ってやらないといけないからな。見てろ、完全に立て直してから灰の群集に、ケイとベスタに勝ってやる!」

「言うじゃねぇか。それじゃその時を待ってるぜ? まぁ負ける気もねぇがな。なぁ、ケイ?」

「おうよ、受けて立ってやる!」


 何だか昨日は疲れたような雰囲気のルアーだったけど、今日の一連の出来事で何か吹っ切れたような雰囲気に変わった。さて、これは油断してるとひょっとするかもね。まぁベスタなりの激励って事なんだろうな。


<PTが解散になりました>


 そして役割を終えたPTを解散して、ルアーもガストさんを追いかけるように帰っていった。残りは赤の群集で頑張ってくれ!



 ようやく騒動が片付いたので時間を見てみればもう6時前になっていた。やった事が全くの無意味という訳ではないけど、夕方部はほぼ潰れちゃったな。まぁこれで厄介事が無くなったと思えばいい方か。

 

「ケイ、ベスタさん、お疲れ様かな」

「お疲れ様!」

「まさかの結果だね」

「……もうこんな事はしたくない」

「……ケイに同意だ。すまんな、折角の共闘イベントの最中だってのに時間を無駄にしちまって」

「ベスタさんが悪い訳じゃないから気にしなくていいさー!」

「私とサヤはそろそろ晩御飯だけどね」

「まぁアルがいる方がイベントはやりやすいし、今日のところは良いんじゃないかな?」

「夜から共闘イベント頑張るぞー!」

「そうだな。アルが合流したら、徹底的にやるぜ!」


 共闘イベント中なんだ、折角なんだし楽しまないとね。なんだかんだで決める前にこの騒動があったから、今日はどこに行くかから決めないとね。


「あぁ、ケイ。今日は赤の群集が絡むとこはやめとけ」

「ん? なんでだ?」

「……盛大に中継してたからな。直後の今日は相当目立つぞ?」

「……そうなるのか。よし、今日は青の群集との共闘だな!」

「まぁ状況的にそうなるかな?」

「おー! 青の群集との共闘だー!」

「一応、アルさんと相談してからだね。まぁ駄目って言うとは思えないけど」


 ヨッシさんの言う通り、アルは事情を話せば駄目とは言わないだろう。アルはその辺はちゃんと理解してくれるもんな。

 とりあえず、これで一段落! サヤとヨッシさんは晩飯の為にもうすぐログアウトだろうし、1時間くらいはのんびり休憩といこうかな。

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