うたかたの恋でも君といたい
二四六二四六
第1話『未谷琴音』
オレのクラスメイトである
4月2日生まれのおひつじ座。肩まであるふわふわの茶色い髪には、夏の青空のように澄んだガラス玉がついたヘアゴムによって左右に小さなお団子がワンポイントに作られていて可愛い。緩やかなカーブを描くように垂れた目は、彼女ののほほんとした和やかさを表しており、性格ものんびりとしていて天然。そこもまたオレの中の庇護欲を強く掻きたてて愛らしい。華奢で、抱きしめたりしたらすっぽりと収まるんじゃないかと思える小柄な所とかもすげー好きで、とにかくオレはそんな琴音が大好きなのだ。
******
もう季節は春といっても差し支えのない時期なのに、まだまだ空気は肌寒かった。凍えるほど寒い風が吹くわけではないけれど、オレの前を歩く生徒達は震えながら学校指定のコートをぎゅっと胸元で掴みながら渋そうな顔で歩いていた。
そんな彼等を見ながらオレの体も小刻みに揺れていた。ちなみに寒いとか言うわけではない。何せ今のオレは特にコートも羽織っておらず、制服だけなのだから。端から見れば頭がおかしいと取られてしまうだろうが、生まれてこの方寒いと感じたことはないくらい寒さには強いし、コートなんて熱くて着てられない。まぁ風が拭いたら、あ。これは寒いかな。と軽く感じるくらいだ。
なら別に体を揺らすことはないのではないか。と思うのだが、理由は別に寒さじゃない。ただ緊張しているだけだなのだ。例えるならそう、遠足前の子どものような感じだろうか。ドキドキという期待が自然とオレの体を震わせている。
「あ。こー君、おはよー」
いつ来るのだろうかとそわそわ待っているオレの耳に、のんびりとした声がはいってきた。待ち望んだその声にオレはいち早く反応し、すぐさま振り向く。
波のようにぞろぞろと歩いている学生達の中に、待っていた相手である未谷琴音が手を振っていた。彼等と共に歩いているではなく、彼等という波に揉まれるようにどんぶらこどんぶらこと流されるようにやって来るのがとても危なっかしい。だけどこれが琴音の通常運転なのだ。小柄な体が右へ左へと揺れる度に、リンクするようにふわふわの茶色い髪もたゆたうように揺れた。
「いつも早いね、こー君は」
学生達の波から追い出されるように抜けた琴音はオレを見上げながら気の抜けたような欠伸をこぼす。
「お前が遅いんだよ」
こつん。と大きな欠伸をする琴音の頭を軽く叩く。いてっ。と小さく琴音が呟いた。
「えへへ。ごめんね」
しかし叩かれて怒ることはなく、ゆるっとした笑顔で謝る琴音に反省の色は全然見えなかった。
そんな彼女を見て、オレはまったく。と呆れたようなため息をついてくるりと琴音とは反対を向き、口元を手で押さえる。
あぁ……可愛い……。
なんだよあの生き物。最高に可愛くない? 朝からもうオレ、すっごい幸せなんだけど。今日一日メチャクチャ頑張れるんだけど。
そう言いたいほどに溜まった琴音への感情を何とか押し戻そうと必死に深呼吸を繰り返す。
「どうしたの、こー君?」
突然顔を背けたオレの顔を覗き込むようにひょっこりと琴音の顔が横から現れた。
「い、いやっ! 何でもねえよ」
驚き、慌てながらもニヤニヤしていた顔を引き締めて平静の顔を作る。やばかった……。間近で琴音の顔が突然現れたもんだから思わず叫びそうになったぜ。それにしても一瞬だけだったけど良い匂いがしたなぁ。柑橘系の香りっぽかったな。
「ほら、さっさと行くぞ。お前がいつも遅いからこっちはギリギリなんだからよ」
「あ、ほんとだ。じゃあレッツゴ――お?」
腕時計を見て、琴音が鞄を持った手を高く掲げて歩き出した。が、子どものように大きく足を前に出そうとした途端、琴音の体がゆっくりと前へと傾いた。
「あぶねっ!」
まるでスローモーションのように琴音の体が地面へと向かおっていくのを見て、オレは咄嗟に腕を伸ばして琴音の体ごと受け止める。
「おー。ありがとねー。こー君」
オレの腕によって動きを止めた琴音が、少し驚いた声を漏らしてゆっくりとオレの方を向く。
「危なっかしいな、ホント。どうして何もない所で転ぶんだよお前は」
「そんなの私に言われても分からないよ」
むー。と唇を尖らせる琴音。そんな表情も可愛いな。なんて思いながら、安堵の息をこぼす。
突然のことで反射的に琴音の体を受け止めたのだが、その受け止めた腕から何だか柔らかい感触がする。筋肉や骨とは違う硬さで、ふんわりとした感触。
……もしかして。という疑問と共に、ゆっくりと視線を腕の方へと持っていく。
「――――――っ!」
悲鳴に似た叫び声が出そうになったのを気力で抑える。オレの右腕、というか二の腕部分はしっかりと琴音の胸にある二つの柔らかい物に触れていたのだ。琴音の胸はそこまで大きくはない。別にオレは大きかろうが小さかろうが琴音だったら全然問題ないーーじゃなかった。オレは動揺を殺しながらも、気にしてない風を装いながら腕をゆっくりと離そうと動かす。が、琴音のやつは全体重をこちらに預けているもんだから、もしも腕を離してしまえば必然的に琴音は支えを失ってそのまま顔面を打ち付けるだろう。それだけは避けなければいけない。
それに、全体重がオレの腕にのしかかっているということはその柔らかさを常に感じられるようになってしまうのだから、気にしない余地なんてものは微塵も残ってなかった。
「お、おい琴音。いい加減どいてくれないか?」
「あ、ごめん。忘れてた」
オレの言葉に琴音はようやく自分がオレに受け止められていた事に気付いたのか、オレの腕から離れてくれた。さっきまで感じられた温もりと柔らかさが消えて少し寂しい気持ちと共に風がふぅ。とオレの腕を通り過ぎた。二の腕に残っていた温もりと柔らかさを奪うように通り過ぎた風から少しだけ寒さを感じた。もうちょっと堪能しても良かったかも……。
「それじゃあ今度こそレッツゴー」
もう一度鞄を持った手を伸ばして歩き出す琴音。しかしその歩調はとてもゆっくりだ。亀といい勝負になるんじゃないかと思うほどのゆっくりさだ。のんびりな琴音の性格をよく現しているけれど、別に現さなくてもいい。
「そんなんじゃいつまで経っても着くわけないだろ」
まったく。とオレは呟いて、琴音の手を掴んで歩き出す。早く歩くと琴音が大変だから少しだけ速度を落として、でも学校には間に合う微妙な速度調整で歩く。後ろを見ると、琴音はしっかりと歩いてくれている。その顔はどこか嬉しそうに笑っていた。
「なに嬉しそうな顔してるんだよ」
「だってこー君の手、暖かくて気持ち良いから。こうされるの好きなの」
「なっ……!」
そうやって笑う琴音の言葉に、一気にオレの顔に熱さが広がって痒くなる。なんだよこいつ、オレを朝から殺す気か? 萌え死にさせる気か? 死ぬぞ? 叫んで悶えてこの場で死んじまうぞ、オレ。
「バ、バカなこと言うんじゃねぇよ」
まったく。とオレは顔を前へと向ける。顔は今だに熱くて、顔に当たる風ごときでは全く冷めることはなかった。
真っ赤な顔で自然とにやけた表情を必死に隠すオレはすぐ後ろでオレの手を握ってくれてる萌えの殺戮兵器と共に登校する生徒達の波の中へと再び混ざるように学校へと向かったのだった。
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