サイケデリック無人島

二輪ほむら

1.クルーズ船の沈没

 おれは、古い友達のシンと一緒にクルーズ船に乗っていた。

 部屋にはおれ一人だ。シンはカジノに行っている。一度やってみたかったらしい。

 シンが戻ってきた。

「ただいま」

「おかえり。どうだった、カジノは。けっこう勝った?」

「全然。むしろボロ負けだよ」

「お前、運いいはずなのにな」

「そうかな?」

「脱サラして本書いて、しかも売れるなんて、運も実力もなきゃできないぜ」

 シンはノンフィクション作家になって、現代のアメリカ先住民の生活をルポに書いた。それがベストセラーになって、その印税のおかげでクルーズ船に乗れたってわけだ。

「どうだろうな……。ところでリュウくん、あの本は読んだかい」

「ああ、もちろん。ところでお前、インディアンの儀式のこと書いてたけど、あんなこと書いて大丈夫か?」

 シンの本には、幻覚サボテンを使った儀式を体験したことが書いてあった。幸いにも、少し寒気がしただけで済んだらしい。

「それなら大丈夫さ、警察からは何も言われてないよ」

「そんなことより、明日の朝にはバリ島に着くぜ。もう寝たほうがいいんじゃねぇか」

「そうだね」

 そう言っておれたちは眠りについた。


 翌朝、おれたちは予定よりずっと早く目を覚ますことになった。

 ドォン……!という音と同時に、衝撃と振動が走り、部屋が大きく傾く。

 おれは寝間着のまま飛び起き、

「地震か!?」

 と叫んだ。

 シンは、

「そんなバカな、船の中……」

 と言いかけて、そのまま絶句。

 船内に警報が鳴り響いたのだ。

 続いて、緊急アナウンスが流れた。救命胴衣を身につけて、乗船カードに書かれた場所に向かえと言っている。どうやら事故らしい。

 おれはその放送を聞いて、胸の奥が寒々しい感じになった。足も震える。

 シンは、重々しい口調で

「落ち着け、出航前に避難訓練があったろ。その通りにやれば大丈夫だ……」

 と言った。

 集合場所に向かうと、他の客が何十人もいる。ほとんどは外国人のようだ。

 まだ薄暗い空の下、下がっていく甲板。

 いくつもの声が入り乱れる中、船員がおれたちを誘導していく。

 救命ボートや救命イカダが海に投げ落とされる。救命イカダは、着水したとたんに次々と膨らんでいった。


 おれとシンは、4人乗りの救命イカダに乗り込んだ。オレンジ色で、八角形のピラミッドのように見える。

 おれとシンが乗り込むと、その後は誰も乗ってこなかった。たぶん船室に空きがあって、そこの客が乗る予定だったんだろう。

 沈みゆく客船を尻目に、救命イカダは流れていく。空を見ると、真っ黒な雲が遠くから近づいてきている。

「お、お……おれたち、こ、これから、ど、どうすりゃいいんだ……?」

 おれは震えながらうめいた。

 シンは、沈み込むような声で

「とにかく、近くを通りかかった船に見つけてもらうしかない……救命イカダなんだから、何か信号を送れるものがあるはずだよ」

 と言った。

 その時、すでにおれたちの真上にいた雲が、急にパッと光り、爆音の雷鳴が鳴り響いた。

 絶え間ない放水のような大雨が降り注ぐ。海面は激しく歪み、うねり、そして荒れる。

 おれは、ただ口を開けて固まっていた。

「入口閉じろ、早く!このままじゃこのイカダまで沈んじまうッ!」

 シンが珍しく声を荒げた。

 入口を閉め、イカダのフチにしがみついて、雨がやむのを待つ。

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