第349話手を振るとき

 手を振るときはどんなときだろう?


 僕が今でも思い出すのは、小さい頃に気になっていた君のことだ。


 小学校は同じだけど、家が近所ということではない。


 君は同じクラスで、女子の中では比較的おとなしい印象があった。


 たまたま席が隣だったから、授業中に君が落とした消しゴムを拾ってあげたっけ。


 そしたらしばらく僕を睨んだ君は、無言で消しゴムを仕舞ったのを覚えている。


 あれはトラウマだ……。


 あの日以来、なんか女子が怖い生き物に見えた。


 それからというもの、いつも隣から睨まれているような気がして、まともに視線を動かすことができなかった。


 でも、そんな君もいなくなった。


 中学生になる前に、どこか遠くへ引っ越したんだ。


 それから時は経ち、僕は高校生になった。


 新しい学校にクラスメイト。


 ほんわかと頬を撫でる風が気持ちいい。


「あ、落ちましたよ」


 ――桜が舞う校庭で、僕は女の子が落としたハンカチを拾う。


 そこで「ありがとう」と振り返った女の子が、まさかあのときの君――なんていうことはなかった。


 まぁ、そうだよな。


 そんな展開をどこかで望んでいる時点で、君のことが特別だったのかも。


 そんな風に思いながら、僕は手を振るように空を見上げた。

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