第128話 呉越同舟?

「ども、お疲れ様なのです」

「えっと… 進捗しんちょくの確認でしょうか?」


「あぁ、まったもって進んでないようだが……」


 都市南門の戦闘から二日、トリアージの要領で損傷軽微な巨大騎士ナイトウィザードを優先して戦列復帰させる方針とは言え、昨夕さくゆうの時点でミラとミアが作業に着手していた経緯もあり、相変わらずなベルフェゴールの姿に疑問を覚えてしまう。


 しかも、好きな事には寸暇すんかを惜しまない双子は少々やつれており、綺麗な蜂蜜色の髪も乱れているあたり、ほぼ徹夜でをしていたと思われる。


 名状しがたい不安に襲われて、横たわる躯体の胸郭きょうかくに掛けられた梯子を登り、操縦席の中をのぞき込むと制御中枢が剝き出しにされていた。


「操作系に問題は無かった筈… っと、そこに転がっているのは獅子核レグルス・コアか?」


鹵獲ろかくした有翼騎の白鳥核アルビオレ・コアと交換したのです!」

「因みに記録領域Memoryを調べてみたら、面白い仕掛けとかあったのですよぅ♪」


 嬉しそうな様子で外へ出てきたミラと入れ代わり、勧められるまま所定の位置に着くと後部座席に残っていたミアが専任技師の管理権限を行使して、特注品の魔導炉 “獅子心王レオンハート” に火を灯す。


 もはや聞き慣れた低い駆動音が鳴り響き、各所から伸びてきた人工筋肉が身体に纏わり付いていく。


『そう言えば、御一緒するのは初めてですね~』

『ッ、何気にレヴィア以外だと、違和感が凄いな……』


 言語化されるまでに至らないざっくりとしたミアの思考や、自身のあずかり知らない魔導知識の断片などが乗騎を媒介にして、次々と脳内へ流れ込んできた。


 新規の技術者を育成する際、有効な手段に成り得るという考えが一瞬だけ過ったものの、前提条件になる騎体適性の保持者が稀有けうなので、恐らく導入するためのハードルは非常に高いのだろう。


 そんな取り留めのない憶測を立てていると、ミアが二段鍵盤状の操作卓キーボードをリズムよく軽快にかなでながら、此方こちらへ言葉を紡いでくる。


『一応、該当箇所の記述式コードを精査して、神経伝達系の安全装置リミッターも確認してから、ミラと一緒に試したのですけど… を模した人工精霊が封入されてました。起動しても良いですか?』


『“虎穴に入らずんば虎子を得ず” か、やってくれ』

『では、ポチっといきますね♪』


 子気味良く鍵盤が叩かれた瞬間、視界は騎体の疑似眼球で捉えたものに切り替わり、可憐さと妖艶さを併せ持つサイズの淑女レディが可視範囲に映り込んだ。


 病的なまでに色素の薄い肌色、銀糸の髪よりのぞく長い笹穂耳が印象的なドレス姿のエルフは宙空に腰掛けて足を組み、値踏みするような視線を露骨に投げてくる。


『ふむ、貴様が魔人レグルスの核を搭載した機械人形マキナの遣い手、斑目蔵人まだらめ くろうどだな。妾は白の女王が “魂の盟約” に精神を縛られず、猿人ニンゲン族と接触するために作られた霊的な複製体だ。ファウ・ホムンクルスとでも呼ぶが良い』


『…… 中核都市ライフツィヒの惨劇を知る一人として、“滅びの刻楷きざはし” に属する知性体には嫌悪感を禁じ得ないが、どういう了見かくらいは聞いておこう』


 胸裏へ響いた声に応じて、不快感を隠さずにただせば、くつくつと愉快そうに笑った相手は大袈裟に細い肩をすくめ、悪びれのない態度で話し掛けてきた。


『そう怒らずとも良いだろう? 現世の者達と同じく我らもしゅを存続させるため、首輪をめられて踊る哀れな盤上の駒に過ぎない』


 薄く微笑んだ人工精霊は飾らない態度で、如何なる国家や共同体コミュニティも建前を抜きにすれば、自分達のことが一番だと断言する。


 ましてや指導者たる者が他種族を優先し、同胞はらからを軽んじるなどあってはならず、共存共栄も全ては利害関係の一致で生じるものだとさとしてきた。


『貴様と女狐の関係もそうであろ? くだらない義憤や、肥大した人権意識に駆られて綺麗事を怒鳴り散らし、他国の都合で兵卒を死なせるのは無知蒙昧むちもうまいきわみ……』


『確かに為政者の愚行はすなわち、臣民への背信行為だな』

『故にはなから対話を拒絶する事もしないか、き心掛けだ』


 緩やかなウェーブの掛かった光沢がある銀髪を揺らして満足げに頷き、白藤しろふじ色の瞳に宿らせた興味の度合いを深めてくるが、この邂逅にける真意を掴むことはできない。


 諦めて素直に聞こうとしたら、小さなファウが揶揄からかうように相好そうこうを崩して、身体からも余分な力を抜いた。


『ふふっ、妾に見惚れるのは自由だが、見詰みつめ合っていても仕様しようがないぞ?』

浮薄ふはく戯言ざれごとは要らない、簡潔に用件を述べてくれ』


『… 些末さまつな出来事でも、廻りまわって遠い未来に変革をもたらす。それが共倒れを避けるため、たもとを分かった森人エルフ種の光になればと願い、見識を授けようと思ってな』


 いつかニーナと蕎麦を食べながら話した “蝶の羽搏きバタフライエフェクト” と思しき、予測不可能な事象連鎖に言及した女王の複製体は本題へ軸足を移して、滔々とうとうと語り出す。


 先ずは各地への侵攻にまぎれつつ、隠れ棲んでいる同胞はらからの痕跡を調査した件から始まり、中東地域で偶然発見された新種の “砂エルフ” を含む多数の者達が神槌しんついより生き延びて、日々の暮らしを営んでいる事実などが伝えられた。

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