第121話 三十六計逃げるに如かず!!

 毎秒560m前後の初速で撃ち出された12.7mmのAP弾に対して、念のため射線より外れていた “機械仕掛けの魔人アルビオレ” は照準補正の動作を見逃さず、片側の翼二枚を羽搏はばたかせたバレルロールで右斜め下に退避していく。


 まとが大きい事もあって二発ほど脚部装甲に着弾するも、金属同士が衝突する音を鳴らして明後日の方向へ弾かれていった。


『やはり、避ける意味は無さそう……』

『いえ、粗末な豆鉄砲でも、ぶつけられると非常に不快です』


 心底嫌そうな相方の態度にもう一人の侍女ラムダが微苦笑して、球形銃座の死角となる飛空艇の下側へ潜らせた有翼騎に専用兵装の突撃槍ランスを構えさせる。


 飛翔型に相応ふさわしく、極度に軽量化された逸品いっぴんは高度な錬金術をって鍛造されており、白エルフの騎士が少々手荒く扱っても折れる心配はない。


『… 吶喊とっかんする』

『まぁ、時間もありませんしね』


 前線と後方の距離が約8㎞しかない現状、およそ時速240㎞の速度で進む標的が巨大騎士ナイトウィザード隊の下まで辿り着くのに必要な2分程の内、既に幾ばくかは過ぎていた。


 ざっと残りの秒数を鑑みて、魔導士のシータが意識を集中させると、突撃槍に蒼白い魔力光が宿る。


 主副四枚の翼にも燐光をまとわせ、瞬間的に加速した有翼騎は彼我ひがの距離を一息にめて、飛空艇 “Zeppelinツェッぺリン伯爵” の船底に斜め下から鋭い刺突を繰り出した!


「「うおぉおおッ!」」

「きゃあぁ!?」


 船尾銃座の狙撃兵が伝えてきた警告を受け、船底に張り巡らせていた二重の浮遊障壁で威力は軽減されているものの、貫通してきた槍撃そうげきの余波で領主の御令嬢が床へ投げ出されてしまう。


 無様に倒れたニーナを侍従兵の少女が助け起こしている間にも、慣性のまま強引に前方へ逃れた船体の機関部で小爆発が起こり、制御していた空挺魔導士の一人を巻き込んだ。


「ぅ…あぁ……」

「破片がミリアのお腹にッ!」


「待て、迂闊うかつには抜くな! そっちにいく!!」


 双眼鏡を首に下げた観測兵が駆け出すかたわら、負傷者と同郷にあたる操舵手のライネルは動くこと叶わず、冷静に気圧高度計の目盛を確認して問い掛ける。


「何処に落ちたいですか、ニーナ様」

「…… 味方のど真ん中、そこまで持つ?」


「やって見せますよ、死にたくも死なせたくもない」


 浮力が減じ始めた船体の姿勢制御に傾注けいちゅうしつつもバースト機構を噴かせ、要望された場所に不時着するための航続距離をかせぐが、それを白エルフの侍女達が見過ごす筈もない。


 先の攻撃にともなう失速で、少々引き離されてしまった有翼騎は高度を保てない標的の後方上空より、まばゆい鋼鉄の左掌を突き出す。


「ッ、魔法くるぞ!!」


 伝声管を通して響いた狙撃兵の叫びに突き動かされ、操舵手が飛空艇を急加速させた直後、幾つもの小風刃が飛来して船尾のふちを削り去った。


 何とか紙一重の状況を乗り越えて、ようやく中核都市ライフツィヒの1.2㎞ほど手前に差し掛かれば、あるじの御令嬢と抱き合っていた侍従兵の少女も自身の役割を思い出したのか、大急ぎで念話装置の共通回線を開いた。


『緊急着陸します。各騎、注意してください!!』


 端的かつ明瞭に前線の騎士達へ伝えて数秒、ある程度は船首に備えたバースト機構二基の逆噴射で速度を相殺しているものの、激しい衝撃が船体を襲う。


 搭乗者らの悲鳴や絶叫が轟音に打ち消される中、秋に種きされた冬小麦を土壌ごと掘り返して、耕作地を滑り切った農夫泣かせな飛空艇へ再三の炸裂風弾が叩き込まれ…… 生死にまつわる直感から、浮遊障壁の術式を全身全霊で維持していた無傷な方の空艇魔導士に防がれた。


『むぅ、下等な生物ほどしぶといのは定説ですけど、嫌になりますね』

『文句言わない、これもファウ様のため……』


 溜息した相方の魔導士をなだめ、襟足えりあしで銀髪を切りそろえた侍女が見遣みやる先では領主の危機を察して、最前面より速やかに引き下がってきた複数の巨大騎士ナイトウィザードが護りを固めている。


 確かに面倒だと内心で考え直したラムダは有翼騎を飛翔させて、丁度狙いやすい位置にいたゼファルス領所属の騎体へ迫り、顔面に勢い任せの蹴撃しゅうげきを放った。


 迎え討つ西方戦線帰りの中隊長エックハルトは乗騎の腕盾を使い、ベガルタの疑似眼球が破損しないように受け止めるも、慣性の乗った重い一撃で多々良たたらを踏まされてしまう。


『ぐうぅ!?』


 反射的に左腕を下げたのは経験則のせるわざであり、頭部をかばっておろそかになっていた胸郭きょうかくへ向け、相手の着地と連動して叩き込まれた槍先を盾縁たてふちらした。


 それによって彼自身や魔導士の即死は避けられたが、下腹を穿うがたれてあかい魔導液を噴き零した巨躯がくずおれる。


『くそがッ、殺らせねぇぞ!』

『二人とも、転移離脱ベイルアウトして!!』


 大声を響かせた僚騎の横槍が入り、止めを保留した有翼騎は突撃槍のシャフトで穂先を打ち払うと、即座に突き返して胸部装甲を刺し貫いた。


 不運にも当たり所が悪かったようで、致命傷を負った操縦者達の呻きが漏れ聞こえてくる。


『がは…ぅうッ』

『な… んで、私達が……』


『ん~、木乃伊ミイラ取りが何とやらでしょうか』

きじも鳴かずば撃たれまい?』


 好き勝手に呟いた侍女達は左右から詰め寄る新手を一瞥して、翼持つ愛騎を低空へ退かせようとするが、りすぐった人工筋肉の脚力と背部バースト機構の併用で擱座かくざしている船体を飛び越え、左右非対称アシンメトリーな黒銀の騎体が強襲してきた。

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