第109話 友誼はあれども、国益に配慮するのは当然

「む~、ちっとも分かってないなぁ、毎度のことだけど! 王都に帰ったら、イザナ様に… ううん、サリエルさんに報告だね」


「ッ、何やら聞き捨てならない台詞セリフだな」


 好き好んで隻眼の魔術師を怒らせ、城内の空き部屋せっきょうべやに拉致される趣味は持っていないため、突発的な窮地きゅうちに焦りつつも待ったを掛ける。


 動揺する俺をくみやすいと見たレヴィアはすずいと身を寄せて、“しょうがないなぁ” といった調子で朗らかに微笑んだ。


「変に誤解されたら面倒だしさ、私も付き添ってあげるよ♪」

「… という事だが、構わないか?」


「ふふっ、条件付きの了承と伝えましょう。差し当たって問題があるようなら、またうかがわせて貰いますね」


 うやうやしく一礼を済ませ、メイド風に仕立てられた軍服姿の侍従兵がきびすを返す。


 樹々の合間に少女の黒髪が消えていくのを十数秒ほど見遣みやり、なし崩し的にもうけられたニーナとの密談をかんがみて、適度な仮眠を取るべくねぐらに向かう事にした。


 そのまま後追いしてきた赤毛の魔導士と歩幅をそろえて進み、整備班員らが張り終えたばかりの天幕へ潜り込む。


 ざっと内部を一瞥して、端側に寄せられていた衣類入り雑嚢ざつのうを見付け、枕扱いにして横臥おうがすれば右耳の近くでぺちぺちと素肌を叩く音が鳴った。


「私の太腿、柔らかいよ」

「少なくても半刻は眠るつもりだか、良いのか?」


「うっ… だ、大丈夫、疲れたら雑嚢ざつのうと交代する」

「あぁ、余り無理はしないでくれ」


 ごろりと寝返りして、敷物の上に愛用のクッションも挟んで座るレヴィアの股座またぐらへ、素直に自身の顔をうずめて預ける。

 

 ほのかな人肌の温もりに加え、髪を撫で付けるような手櫛てぐしの心地良さにあらがえず、意識が急速に混濁してきた。


(そばにいても警戒の必要なく、隙を晒せる相手は… 貴重、だな……)


 などと微睡まどろみの中で感謝を捧げていたら身動みじろぎが生じて、稀人まれびとの金型工により開発されたというEOEプルトップ式の缶詰を開ける音に続き、微かな柑橘系の香りが漂う。顔には零さないでくれよと、内心で苦笑してから浅い眠りへ就いた。


 なお、取り敢えず果汁被害は受けなかったものの…… 夕食時に姿が見えなかったので、此処ここまで足を運んだロイド達に起されたおり、俺の頭を抱えたまま寝落ちした彼女の涎がえり元に染み込んでいたのは愛嬌の範疇はんちゅうに留めておこう。



 そんな一幕もありながら降って湧いた機会を活かすべく、既に定めた方針の開示を主副団長の二人とも相談した上で、護衛役を引き連れて隣接するゼファルス領軍の陣地へおもむいた。


 騎士国の遠征隊よりも大所帯な野営地に足を踏み入れて早々、待機していた馴染みの騎士長アインストに案内されたのは自陣との境界に近しい天幕で、掛け布を捲って入れば簡易のテーブルや椅子が用意されており、卓上には胡桃くるみたらの干物のようなさかなと酒類が並んでいる。


「いらっしゃい、二人とも」

「誘われた手前、遠慮なくお邪魔させて貰おう」


「私もご一緒させて頂きますね、ニーナ様」

「えぇ、侍従兵イルマから聞いてるわ」


 先に少々飲んでいた領主令嬢は此方こちらの着座に合わせてトングを掴み、無造作に置かれたアイスペールより魔法由来と思しき砕氷をグラスへ移して、程良いハーブの香りがする蒸留酒の水割りを作ってくれた。

 

 やや緊張気味なレヴィアも自国で一人前とされる十五歳の年齢は越えているため、続けてラズベリーを原材料にした果実酒など差し出される。


 軽く掲げる形式の乾杯に応じて琥珀色の液体を喉へ流し込めば、女狐扱いされている御令嬢が酔っ払う前にと前置きして、僅かに勘ぐるような視線を投げてきた。


「廻りくどいのは嫌いだから、単刀直入に聞くわ。皇統派の要求は何?」

「唐突だな、どうしてその発想に至ったんだ」


「小都市近郊の戦闘から少し後、皇統派の一団がリグシアの中核都市を経由して、ゼファルス方面に向かったと密偵が報告してきたのに… 誰も来ないじゃない」


 膨れっ面で香草酒をあおり、語らずとも連中の訪問先が騎士国側である事を不満気に示唆しさしてくる。 


 諸々の事情などフィーネから聞かされているゆえ、嘘の苦手なレヴィアが襤褸ぼろを出さない内に頷き、老翁ろうおうとの会話をい摘んで伝えればにわかに愁眉を曇らせた。


「アルダベルト元老院議長か、また面倒な御仁を……」

「振り上げた拳の降ろしどころは存外に難しいな」


「もうハイゼル卿にまとまった騎体戦力は無いけど、膝元のライフツィヒで市街戦にもつれ込む可能性もある。一般兵科の衝突による死者数とか、考えたくないわね」


 物憂げなニーナには悪いが、泥沼のような展開に巻き込まれた挙句、追従して来てくれた兵達のかばねを無縁の土地に晒すことが無いよう、遠征隊の対人戦闘要員は最小限に抑えている。


 手を貸すのは巨大騎士ナイトウィザードによる戦闘のみであり、個人的に友誼ゆうぎを結んだ人物でも、一度決めた公私の線引きは軽々けいけいに揺らがない。


 その考えが表情に出ていたのか、ドレスの胸元を強調しつつ妖艶な眼差しで見詰めてきた女狐殿が問いただす。


「クロード殿は何処まで、私に付き合ってくれるの?」

「はい、そこまでッ、色仕掛けダメ絶対!!」

 

 真面目なりに沈黙していたレヴィアが釣られて噛みつくも、単に揶揄からかっているだけの相手はしたり顔で微笑み、蠱惑的な雰囲気を雲散霧消させた。

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