第108話 壁に耳あり障子にメアリー?

 一応、派閥の方でも目障りな女狐に首輪をめた上で、帝国軍の戦力増強と旧フランシア王国北東域の解放を推し進める予定らしいが、一筋縄ではいかぬと皇統派の老翁ろうおうは懐疑的にくくる。


「最前線に積極的な対異形種の兵力を投入せず、資金や物資だけ送り付ける我々に対して、西方三領地の連中が持つ不信感は軽視できん」


随分ずいぶんと無責任な言いざまだな、アルダベルト卿」


ぬしらと違って、もはや棺桶に片脚を突っ込んでいる身だ。まつりごとは私から見てまだ若い、貴様らのような者達がやれば良い」


 老兵は去るのみと暗喩あんゆして、いぶかしむライゼスをいなした老翁ろうおうが残り少ない香草茶ハーブティーを啜り、客観的な視座から見た内紛の着地点に話を移していく。


「貴国の武力介入は交渉の場を取り持って証人となる事で相殺、女狐の叛意はんいただす審問会はハイゼル卿の勇み足で証拠に瑕疵かしがあり白紙、彼奴きゃつには相応の責任を取らせるという筋書きは如何いかがかな、騎士王殿?」


「…… 無難と言えなくもないが、基本的に即答はしない主義でね」

「という事だ、今日はお引き取り願おう」


 黙して小難しい話から距離を開け、此方こちらりを眺めていたゼノスが頃合いと見て割り込めば、頷いた老翁ろうおうは必要最低限の連絡手段だけ取り決めてゆるやかに席から立ち上がった。


 態々わざわざ、野営地の端寄りに設置させた会談用の天幕から出て、夜闇にまぎれ込んでいた護衛達と合流して帰還のく特使を見送り、小さな溜息を零す。


 というのも、内密に告げられた橋渡し役の素性が妥当と言うべきか、ゼファルス領軍の軽装歩兵隊に属する二名の兵士だったからだ。


「うちの遠征隊は大丈夫なのか?」

「詳しくは知らん、全て堅実な副団長に一任しているからな!」


「それを丸投げと言うのだ、粗忽者そこつものめ……」


 俺に続いて溜息を吐き、白髪混じりの頭をかいたライゼスの所見しょけんによると… 今回の部隊編成に関しては騎士や魔導士とゆかりのある一族郎党で固めており、間者が存在している可能性は否定できなくとも低いようだ。


 外地での隠密行動を前提にした少数精鋭の騎士国と異なり、拠点制圧に投入するため連隊規模の領軍を動かしたゼファルスの場合、付け込む隙は大きいのだろう。


 当然ながら女狐殿も、此方こちらへ出向させた教導技師を密偵代わりに使っているくらいなので、リグシア領軍や皇統派周辺に手勢を忍ばせていると見て間違いない。


「下手に接触を隠すより、早めの報連相ホウレン草が大事か?」

「先ずは我らの方針を決めてからだがな、クロード王」


「大筋は “石橋を叩いて壊す” 慎重な副団長に任せるさ」

「ぐぬぅ、それを丸投げと……」


「ははっ、若者に頼られているうちが華だぞ」


 右にならえで面倒事を押し付けられて、咄嗟とっさに言い返そうとした旧友の肩を遠慮なく叩き、細かい事にこだわるなとゼノスが笑い飛ばす。


 筋骨隆々な悪友の平手打ちにライゼスは眉をしかめ、幾ばくかの愚痴を漏らしたが、手際よく受け流されていった。


(…… 相変わらず、無駄に仲が良いな)


 レヴィアの父親である魔術師長も含め、おっさん三銃士は気質の差が大きくとも、それぞれが相補的に連携して国家を支えている。


 自身のような若輩が王を務められるのは彼らのお陰と感謝しつつ、天幕に出戻って重臣らと仔細しさいまとめる事にした。


 因みに結構な時間帯まで根を詰めた代償として、翌日は少々眠気にさいなまれた状態で森の縁伝ふちづたいに旅次行軍する羽目となり、一緒に騎体を駆るレヴィアに軽くとがめられてしまったのは致し方ない。


 それに目さえつむれば特段の問題もなく次の目的地まで辿り着き、輜重しちょう兵兼任の整備班員らが野営の準備に取り組む姿を木陰より眺めていると、見知った日系人の少女が楚々そそと歩み寄ってきた。


「失礼致します、Mrミスター.ブシドー」


 初見の際、帝国では酷くマイナーな “時代小説” が好きだと言いつのり、懇願してきたので渋々しぶしぶ認めた呼び名には慣れないが、曾祖父が旧日本海軍の尉官とのたまう女狐殿の侍従兵に会釈を返す。


 事が終わった後、中核都市ウィンザードの異人街で同胞はらから稀人まれびと達が大切に保管している零式艦上戦闘機、俗に言う “零戦” を見せてくれる約束などした少女は丁寧な所作で、ふところから取り出したゼファルス領の公用封筒を手渡してきた。


 勿論、適当に書かれた署名は某レシプロ機を飛べるまでに修復レストアして、日系共同体コミュニティに属する領民達の心を射止めた、あざといニーナ・ヴァレルだ。


(彼女が次元の狭間で得た知識に専門外のハーバーボッシュ法があったり、極端に硝石や原油の採掘量が乏しい並行世界でなかったりしたら、順当に戦闘機が主戦力になっていたかもな……)


 滅びの刻楷きざはしに大型かつ飛行可能な異形種がほとんど存在せず、中型種のグリフォンやワイバーンですら希少なのはせめてもの救いかと、取り留めなく考えながら開封して中身を確かめる。


 巨大騎士ナイトウィザードや飛空艇を整備する合間に書かれたと思しき、機械油のみついたパルプ紙の内容は密談の御誘いだが… すぐに忍び足で近付き、ひょっこりと横合いから顔をのぞかせたレヴィアの知るところになった。


「我が主の手紙を盗み見るのは無礼が過ぎませんか」

「あぅ、御免ごめんなさい。でも、これは二人きりって意味だよね?」


「詳細に関しては認知しておりません、さっしてください」

「ん、そういう文面になってるよ」


 やや不満そうに指摘するが、外で待機させる護衛も引き連れていくので然程さほどの問題は無く、同盟相手に損害を与える行為は不利益しか生まない事もあり、軽微な警戒に留めても構わないだろう。


 その趣旨を伝えると、赤毛の魔導士は栗鼠りすのように可愛らしく頬を膨らませた。

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