第107話 相手を説き伏せるのは誠意が肝要

 なお、有線式バーストナックルを試射する度、騎体との感覚共有で左拳に疼痛とうつうを覚えていたレヴィアの機嫌はすこぶる悪く、必要十分な検証を済ませて片膝立ちの姿勢を取らせると、終始無言で降りるために必要な手順を済ませていく。


 微妙に気まずい雰囲気から逃れようと、俺は早々に足場代わりの胸部装甲版へ踏み出し、備え付けのワイヤーペダルを使用して地上に降りた。


 したる間を置かずそばに風魔法の上昇気流アップドラフトが生まれ、魔導士軍服のスカートを押さえた赤毛の少女も落下速度を相殺しながら、ふわりと軽やかに草原へ着地する。


「その、なんだ… 桃缶あるぞ、今は持ってないが……」

「うん、露骨だけど好物だから貰うね、でもッ!」


 きっとまなじりを釣り上げた彼女は此方こちらへ向かってくる整備班の一団へ視線を転じ、丹精込めた武装のデータ取りができてご満悦な女狐殿と双子エルフにめ寄った。

 

「ニーナ様、なんてなモノを作るんですか! 以前、浪漫武器は嫌いだとおっしゃってましたよね!?」


「うぐぅ、それを言われると困るけど、こっちの世界には無い発想の兵装だし、てらった初見殺しになるわ。うん、大丈夫、私は間違ってない」


 多少なりとも二重基準ダブスタの自覚があるのか… 一度は視線を泳がせた淑女レディが開き直って、“がぅがぅ” と噛みつくレヴィアの肩を掴み、廻れ右させて突き返してくる。


 三白眼のジト目で唸る相棒を受け取りはしたが、俺も地味に痛かったのは同感なので苦言をていしておく。


「このままでは気軽に使えない、せめてもう少し騎体の左拳を補強して欲しい」

「えぇ、黒鉄の含有量を増やすよう錬金術師達に指示するわ」


「ん~、でも重くなるのです」

「飛翔速度の低下が気になります、威力にしてもで決まりますから」


 すっかりニーナと和解した双子エルフが長い笹穂耳をぴこぴこさせ、最適なバランスを優先すべきと主張してきた事に一抹の不安など覚えつつ、森側から木霊こだましてくる駆動音に釣られて視線を転じれば鹵獲ろかくしたグラディウス数騎の姿があった。


 乗り手の大半は野戦任官させた準騎士と準魔導士らのペアであり、騎種変更した先任のリタ達を含めて慣熟訓練を実施する趣旨は昨夜に聞かされている。


「派手に損壊させたら、ジャックス班長が切れるんだろうな」

「うぅ、他人事じゃないのが悲しいよ」


 某移民系アメリカ人の教導技師を脳裏に思い浮かべてから、少し機嫌を持ち直してくれたレヴィアと取り行われ始めた模擬戦に傾注し、操縦者らの技量に焦点を当てて数分ほど観察していると微かな違和感を覚えた。


「思ったより、動きが良いのは騎体がクラウソラスの発展型だからか?」

「ん、王都の訓練騎に近いのかもだけど……」


「あぁ、下手に動かせる分だけ、猪突になっているな」

「やっぱり、クロードもそう感じる?」


 何処かの猪娘レインよろしく、専用兵装の薙刀グレイブを力任せに打ち合う光景は勇ましくとも足運びに無駄があり、両腕の人工筋肉に対する負荷も高い。


 事後に叙任される野戦ではなく、一時的な役割を与えられた野戦に過ぎないため、この機に視察している主副団長の目に留まりたいのだろう。


(空回りして逆効果なあたり、投降してきたリグシアの騎士達を順当に取り込めたら、ほとんどの騎体は継続して彼らに預けた方が良さそうだ)


 頑張っている者達には悪いが、今も信号拳銃片手に一定間隔で散開している斥候小隊の報告が正鵠せいこくを射ていれば、ハイゼル麾下きかの軍勢に残された戦力は一般兵科の三千程度であり、横槍がない限り巨大騎士ナイトウィザードの活躍できる場面は少ない筈だ。



 それらの諸事情を踏まえて進軍の再開と相成あいなり、調略済みらしい中立派貴族の統治下にあるレガルド領を縦断したところで…… 皇統派から接触があり、此方こちらの手引きで数名の護衛をともなう特使が騎士国の陣幕へ訪れる。


 元老院所属のアルダベルトと名乗った老翁ろうおうは出されたフィーネ特製の香草茶が気に入ったのか、しきりに騎士団長の義娘を誉めそやして同席するゼノスと打ち解けた後、近隣諸国の情勢に係る会話を挟んで本題に言及してきた。


「“どこまでニーナ・ヴァレルに付き合う” か……」

「盲目的に同調するのは国益にならんよ、若き王」


 軍人上がりの知恵者といった風情の御仁が遠慮なく茶菓子へ手を伸ばし、砕けた態度でさとしてくる。最初こそ国境を接するリンデンバウム領軍の進駐などちらつかせてきたものの、一々かなった言葉を投げてくるので邪険にはできない。


 相手の利益を正しく提示した上で誘導するのが交渉にける誠意などとうそぶき、興味深げに反応を探りながら持論を重ねてくる。


「少なくない利益供与が女狐から貴国にあったのは理解できる。ただな、適正な対価を見誤り、過剰な支払いをすると国民へのになってしまうぞ」


「忠告は有難く受け取るが、帝国の不安定化も同様に望ましくない。無益な内輪揉めなど止めて、“滅びの刻楷きざはし” の対策に本腰を入れて貰いたいな」


 やや溜息混じりに返せば、呵々かかと笑った御仁はしかりと頷き、“共通の天敵がいるにもかかわらず、未だ一枚岩になれないのは雑多な人間らしくて実に良い” と何食わぬ顔で言ってのけた。

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