第95話 ベガルタL型 VS ナイトシェード・羅刹

大破してくずおれるゼファルス所属の巨大騎士ナイトウィザード見遣みやり、同系の指揮官騎を駆るアインストは声と感情を抑え、外部拡声器から落ち着いた声音を響かせる。


『あの四本腕は私が受け持つ。此方こちら寡兵かへいとはえ、内地で惰眠を貪っていた腑抜ふぬけどもに遅れは取るなよ』


『我らが麗しきニーナ嬢のため、領民のため……』

『護るべき者の笑顔のため、命を賭けるは騎士の本懐ッ!』


西方の激戦地より帰参した派遣組の騎士二人が発破はっぱに応え、それぞれに皇統派のグラディウスと槍撃そうげきなど交わしていた騎体を一度退かせ、逃がすまいと繰り出された鋭い刺突を半身でしのがせた。


腹部装甲を切っ先に削られながらも、果敢に踏み込んだベガルタの一騎が鉄槍を相手の股下へ突き入れたまま左側面に抜け、長柄ながえ梃子てこ代わりにして足払う。


『うぉおお!?』

『きゃあぁッ』


大きく態勢を崩した敵騎に得物から離した右掌も添え、強引に押し込んでやれば堪え切れずに転倒していく。


ほぼ同時に仕掛けた僚騎りょうきも正拳突きを敵騎の顔面へ打ち込んでおり、疑似眼球に無視できない損壊を与えていた。


『立ち上がってッ、早く!!』

『ぐうぅ、畜生、目が…』


狼狽ろうばいするリグシアの操縦者達に対して、熟練のゼファルス騎士らは乗騎に適度な間合いを取らせ、各々が獲物と定めた巨大騎士ナイトウィザードの心臓部に鉄槍の穂先を突き刺す。


致命傷により敵方の二騎が動きを止めるも… 他方では四本腕の騎体ナイトシェード・羅刹が猛威を振るい、理不尽と言える手数でアインストの指揮官騎を圧倒していた。


主兵装の雷槍は仕込まれた爆薬を炸裂させる暇なく、中程から斬り落としで切断されてしまい、残された補助兵装の長剣と中型盾で途切れない連撃に耐えている。


『ぐッ、洒落しゃれにならんな!!』

『いつの間にこんな騎体を……』


絶句するエリザの声を聞き流し、複腕騎の右腕による斬撃と刺突をシールドバッシュでまとめて弾けば、脇構えにされていた左主腕が力任せに鉄剣を薙ぎ払う。


何とか長剣を割り込ませて受け止めた瞬間、密かに差し込まれていた左副腕の短槍が騎体脇腹をえぐり、指揮官仕様のベガルタL型と繋がる二人に激痛を走らせた。


『… 部下の仇、取らせて貰うぞ』


『はッ、語るに落ちたな下郎!!』

『盗人猛々しい』


唐突に掛けられた言葉の心当たりなど、主君のニーナ・ヴァレルを狙って中核都市に仕掛けてきた賊しかないため、腹部の痛みを呑んでアインスト達は嘲笑ちょうしょうする。


されども形勢の不利はくつがえらず、ナイトシェード・羅刹が振るう多角的な攻撃で外部装甲を切り刻まれ、ついに人工筋肉まで達した刃が騎体の動きを鈍らせた。


麾下きかのゼファルス勢は数の差など感じさせない善戦を繰り広げているが、誰かの援護に廻る余裕など到底ない。


『… しか、すまないな、エリザ』

『しょうがないわね、付き合ってあげる』


死なば諸共もろともの魔導士にびて多少の距離を取り、ベガルタL型の左袖下そでしたに隠された魔法銀ミスリル交じりのワイヤーアンカーを撃ち放つ。


純粋な凝縮魔力の起爆で射出された先端部が複腕騎の右主腕を貫き、次の挙動を躊躇ためらわせた一瞬の好機に懸けて、巻き取り装置を作動させつつ左掌に掴んだ剛糸も手繰り寄せていく。


『ッ、レオ!』


らしき少女の警鐘に構わず騎体を突撃させて、正面に構えた中型盾で反射的に振るわれた左腕の攻撃を押し除け、自重と加速の乗った特攻カミカゼを喰らわせる。


重い衝撃に後退を余儀なくされた複腕騎へすがり、胸郭きょうかくに長剣を突き立てようとするものの損傷していた人工筋肉が断裂したのか、思うように騎体は動かない。


中途半端に掲げられた右腕など滑稽こっけいでしかなく、その状態を見透かした大振りな一撃で切り飛ばされてしまった。


『うぐぅううッ!!』

『きゃうぅ!?』


感覚のフィードバックに呻きながらも指揮官騎を飛び退かせて、諦めの悪いアインストが左手の中型盾を片膝立ちでかざさせ、もはや同意の必要なしと判断したエリザが脱出用の魔封石を発動させる間際… リグシア領軍の一部に動揺が奔り、焦燥交じりの大声が響き渡る。


『エイドス領の騎士隊、壊滅します!!』


『ちッ、伏兵の数、ほとんど減ってないじゃないか……』

『何やってんだよ、あの雑魚どもは!!』


何やら酷い言われようであるが、十二騎に及ぶグラディウスをって戦闘不能にできたのは二騎のクラウソラスだけなので、撃破対被撃破比率キルレシオは 1:6 という理解できない数字だ。


にない手の技量や身体能力が多大な影響を及ぼす巨大騎士ナイトウィザードの性質上、森側に伏せていたのは手練れの最精鋭と考えて間違いない。


『レオナルドッ、第二班を任せる!』

『了解… 対処してみせます』


陣頭指揮を執るヴァルフに副官の将校が応え、既にもぬけの殻であろうベガルタL型を複腕騎の右脚で蹴り倒してから、抜かりなく短槍の一本で操縦席を潰した。


まだゼファルス所属の軍勢は十数騎ほど残存しているが、頭目さえ失えばもろいだろうと高をくくり、組み替えられていく陣形に従って自騎のきびすを返す。


その疑似眼球に黒銀の騎体ベルフェゴールを捉えて瞠目し、若干嫌そうな表情を浮かべた魔導士エルネアとは対照的に、少女の敬愛する青年は口端を釣り上げた。

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