第90話 初陣の女狐と有視界戦闘

他方、迎え撃つゼファルス領の軍勢は既に布陣を済ませており、やや後方には戦闘を想定して改修された小型の飛空艇がぷかりと浮かんでいる。


狭い船室内の窓際に立ち、艶やかなダークブラウンの髪を指先で弄りつつ、士気高揚のため自ら出陣したニーナは4㎞ほど西側にある森林地帯の入口を眺めていた。


その浅い部分は小都市ベグニッツに根差す猟師らの庭だが、深入りすると中型種の魔獣フェルム・クーガーや、少ないながらも大型種に分類される巨躯の蛇アヴァルスなども巣くう。


「中々の難所ですけど、あのMrミスター.ブシドー… ではなくて、騎士王殿は大丈夫でしょうか?」


「別に言い直さなくても良いわよ、恐らく彼の本質は武士もののふだから」


遠慮がちに声掛してきた侍従兵の少女がアイウス帝国生まれの日系人で、呪錬刀 "不知火” をたずさえる軍服姿のクロードに感動していたなと思い出し、領主令嬢は好きに呼称して構わないとうそぶく。


若干、恥ずかしそうに頬を染めた稀人まれびとの血を引く娘と向き合い、わずかに考える素振りを見せてから、ことも無げに微笑んだ。


「ま、問題無いでしょう。ジャックス技官らの報告だと、人間辞めかけているほどに強いみたいだし…… 巨大騎士ナイトウィザードと神経節で繋がって、魔力炉の影響でも受けたのかしら?」


“熟練の騎体操縦者が生身での運動能力を向上させている”、という興味深い報告は自領の騎士長アインストが報告してきており、特に西方三領地の最前線では顕著になってきている。


ただ、銃弾を連続して躱すとか、戦場に出られる水準の魔術師が放った炎弾を刃で平打ひらうちするとか、思わず疑ってしまうたぐいの内容は聞いていなかった。


(ん~、積み重ねた鍛錬による幾つかの要素が有機的に組み合わさって、ある閾値いきちを超えれば覚醒に……)


学問の領域にいても試行錯誤を繰り返した末、途上で明らかになった客観的な事実を並べて、より高度な次元に到達するのは珍しくない。


それがフィジカルな分野でも起こり得るのか、一抹の疑問が残るものの専門外であるニーナには解明できない事柄だ。


「はぁっ、結論としては考えるだけ無駄ね」


「えっと……」

「気にしないで、単なる独白どくはくよ」


少々思索にふけってしまったのもあり、手持ち無沙汰となっていた侍従兵の少女に一言添えてから意識を窓の外へ戻そうとすれば、艦橋で双眼鏡をのぞき込んでいた斥候兵の振り向く姿が視界に映る。


「リグシア及びエイドス領の編隊らしき騎影きえいおよそ距離32~36kmの地点に確認しました。此方こちらと同じく徒歩の他兵科を残して巨大騎士ナイトウィザードだけで先行してきた場合、半刻足らずで交戦域に入ります」


「ありがとう。彼方あちらも軽率な人的被害は出したくないでしょうし、勝敗を決めるのは騎体同士の戦い、市街地制圧が主目的の随伴ずいはん兵は後方待機させると思うわ」


色白で繊細な手を差し向け、代々猟師を生業としてきた家系の斥候兵から双眼鏡を受け取って眺めるも…… 研究資料の編纂等で視力を落としたニーナでは、未だ小さな点の集まりにしか見えない軍勢を捕捉できなかった。


やはり戦闘指揮をるのは不向きだと密かに嘆きつつ、水平線の存在で視野が飛空艇よりも狭い地上部隊と情報共有するため、念話装置の前に陣取った領兵へ指示を与える。


「アインストに彼我ひがの距離と接敵までの予想時間を伝えなさい」

「了解、通信回線を騎士長に繋ぎます」


「斥候兵、敵騎の数は判断できる?」

「やってみますが、取り敢えずそれを……」


何気に握り締めたままだった彼の商売道具を返却し、継続的な報告など言付けてから、彼女は内装の変更時にしつらえた自席へ着座した。


にわかに緊張感が高まっていく状況下で、流石の女狐殿も初陣ういじんに気をかせたのか…… まだ10kmほど距離がある段階で、動力制御を担当する二人の魔導士に積層障壁魔法の構築が命じられる。


この世界では有視界戦闘が常識であり、命中精度をかんがみた巨大騎士ナイトウィザードの実質的な魔法射程は1km前後にもかかわらず、高度な術式を発動段階で長時間維持しろと無茶振りされた者達はフリーズしてしまう。


「あのぅ、非常に申し上げにくいのですが、逆に危険です」

「何かの拍子に精神集中が途切れたら暴発しちゃいます」


「… 御免ごめんなさい、魔法にはうといの」


ある種のアルゴリズムだと認識していても自身が扱えない限り、予期せぬ事態での危険性などは理解が深まらない。


上手くいかないものだと溜息した直後、敵騎の動向に傾注けいちゅうしていた斥候兵の報告が魔導士との会話に割り込んできた。


「敵方の軍勢、5~6kmほどの地点で停止」

「丁度、騎体の疑似眼球で互いにある程度はっきり… 目視できる?」


おとがいに手を添えたニーナが言葉を切り、先ほど懸念していた長距離射撃の可能性を再検討するも、注意を喚起するひまもなく紫電の閃光がはしる。


前方の眼下で陣形を組んでいた騎体のうち、クラウソラス改良型の二騎がかざしていた盾ごと轟音を鳴らして爆散し、斜め後方にいたベガルタも一騎が擱座かくざした。


『ッ、魔力炉損傷… ダメね、緊急停止します』

『畜生、破片の当たり所が悪いッ!』


開戦早々に脱落したの騎士が悪態を吐き、その同僚達も出端をくじかれて動揺するのと対照的に、最前線で様々な異形種と切り結んできたの数名が鋭く瞳を細める。


『あの距離から撃てるのか、実に素晴らしいな』

『えぇ、西方の領地にお持ち帰りしたいですね。何人の命がまかなえることやら』


『お前ら自重しろよ、二騎も殺ってくれた礼を返すぞ』

『騎士長、号令を……』


歴戦の猛者達に応じて促されたアインストの乗騎ベガルタL型改が頷き、搭載された外部スピーカーから激を飛ばす。


『先の威力で連発できるとは考えがたい、座していても撃たれるしな、という訳で楔型陣形に移行しながら吶喊とっかんする! 砲撃仕様の敵騎とは正対するなよ!!』


『『うおぉおおぉおッ!』』


気迫の籠った喊声かんせいを上げ、二十体を越えるゼファルスの騎体が一斉に駆け出し、待ち受けるリグシアの混成旅団に立ち向かっていく。

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