第91話 うぅ、クロードがまた身も蓋も無いことを…… by レヴィア

なお、全力疾走の状態にある騎体は第一世代の改良型で時速80km以上、第二世代に至っては高機動実験の過程で組まれた試験騎が時速180kmを記録している。


この騎士骨格が剥き出しで武装を持たない巨大騎士ナイトウィザードの開発者も勿論、蠱惑的な肢体と美貌を持つ女狐ニーナ・ヴァレル嬢なので、彼女が誇る祖国ドイツの詩人シラーに因んだ騎体名 “Damonダイモン” が与えられていた。


彼の著書では「ウイリアム=テル」が有名なものの… 処刑されるのを承知の上で親友PythiasフィジアスのためにDamonダイモンが走る物語「人質」、要するに太宰治が編纂した「走れメロス」の原本より、主人公名が採用されたのは騎体速度に主眼が置かれていたゆえだろう。


ともあれ、ゼファルス領の巨大騎士ナイトウィザード隊が彼我の距離をめ、魔法射撃の有効範囲に至るまでおよそ4分に満たない。


その間に魔導砲をもう一発喰らわせるべく、リグシア領側の混成騎士隊では遠目だと小さ過ぎて捕捉できなかった随伴ずいはん小隊が動き回り、砲撃専用の騎体 "キャノンディール” の魔力供給ユニットを換装させていた。


「急げよ、お前らッ! 命が幾つあっても足りねぇ!!」

「… 何で俺達、騎体同士の戦場にいるんでしょう」


「泣言や文句は生きて帰ってから白狐ファウに言え、あいつの設計が悪い!」

「と、うちの隊長が申してましたって、本人に伝えておきますね!!」


半場やけになりつつも、彼らは二班構成でとどこおりなく作業を進めていき、騎体の左右両脚と個別に繋がった魔力結晶入り格納器の伝導ケーブルを手際よく解除する。


先制の長距離射撃で使用済みとはえ、重さ100㎏前後ある格納器は時間短縮の観点から二台の荷馬車に乗せたまま運用しており、作業に注視していた輜重しちょう兵達がかさず馬の手綱を引いた。


「よし、次の持ってこいッ、二番騎の連中より先に終わらせるぞ!」


「あ、向こうの分隊より早かったら、何か奢ってください」

「いいっすね、それ」


手を止めずに軽口を叩いている整備兵らに感心しつつも、リグシアの騎士長ヴァルフは進撃してくる相手方の騎体群を見遣みやり、鋭く碧眼を細める。


乗り手の意思は人工筋肉の神経節を通じて騎体と連動しているため、グラディウスMr-Ⅱの疑似眼球も焦点を絞らせた。


「僅差であと一撃って感じかしら?」

「あぁ、そうだな」


専属の魔導士として同乗している従妹の問いに短く応え、彼は戦闘時の常時共有回線で各騎に呼び掛ける。


『砲撃後に前面へ出る。魔導士達は術式の構築を始めておけよ』

『『『了解ッ!!』』』


威勢の良い返事から数十秒…… 互いの魔法射程が重なる間際となり、再び二体の砲撃騎が紫電を走らせようとするも、森林側の死角より飛来した軽硬化錬金製の巨矢が片方の砲身に刺さり、やじりに付与されたフレイム・ボムの魔法を炸裂させた。


『ぐッ!?』

『だ、駄目ッ、暴発… きゃああッ!!』


騎体付き魔導士らの切羽詰まった声が漏れ聞こえた直後、魔導砲を穿うがたれたキャノンディール一番騎の右半身が爆炎に包まれ、ぐらりとかしいで地面にたおれていく。


無事な二番騎がゼファルス領軍の指揮官らしき騎体を砲撃する最中、大半のリグシア騎士達が自騎を振り向かせた先、迷彩柄の外套をまとって背景の森に溶け込んだ複数の騎影があった。


『北西1.6~2kmの地点、敵騎多数を確認!』

『魔獣の森を抜けてきたかッ!!』


『ちッ、正面に気を取られ過ぎたな… エイドス領の部隊は新手を、此方こちらは既存の軍勢を叩く!!』


騎体の外部拡声機を通したヴォルフの声に従い、第一世代の改修騎グラディウスや、強襲型ナイトシェードを合わせた麾下きかの三十数騎ほどが漸進ぜんしんする。


指揮系統の異なる援軍の騎体も連携して動き始め、迷彩外套を脱ぎ捨てた伏兵の騎体群と正対しながら、慎重な足取りで徐々に距離を潰していった。



その様子を眺め、やや放心していた射手たるリゼルの弓騎士がぼそりと呟く。


『… 敵騎、派手に爆散したけど死んでないよね、蔵人くろうどさん』

『余計なことは考えるな、琴乃。迷いは自身と仲間を殺すぞ』


『うぅ、クロードがまた身も蓋も無いことを……』

『この場合は適切ではないと思われます、陛下』


若干の非難が籠められたレヴィアとフィーネの言葉を受け、どうやら対応を間違えたのは理解したが、是非ぜひも無し。


戦場で集中を欠くのは危険極まりないため、真摯しんしに同郷の少女を案じていれば、耳に痛くとも言及せざるを得ない。


『覚悟が定まらないなら、後方支援に徹するだけで構わない。ダーヴィ、面倒を見てやってくれ』


『了解です、任せてください』


兵装の弓を掲げさせたスヴェルS型二番騎の姿を一瞥いちべつしてから、運動性が高い近接特化のF型を露払いとする前衛組にまぎれ込んで、黒銀の騎体ベルフェゴールを前方に駆けさせる。


直線的な軌道だと敵騎の魔法射撃を喰らう事もあり、ある程度の間隔を開けた各騎と同様、緩やかな蛇行をしつつ剣戟の間合いとなるまで接近していく。


実戦経験が浅そうな皇統派の騎士達はあせったのか、曖昧あいまいな狙いで突き出した騎体の右掌から魔弾など放つも、矢面やおもてに立つリゼルの精鋭らに直撃させる事はできない。


絶妙な角度を付けたスヴェルF型の腕盾でレインやザックスに受け流され、あるいは銀髪碧眼の月ヶ瀬兄妹ルナヴァディスが駆るベガルタの双剣で弾かれて明後日の方角へ消えた。

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