第82話 猪突の女騎士 VS 寡黙な騎士 (ただし、模擬戦)

 にわかにととのえられていく舞台裏など露知つゆしらず、秋晴れした空の下、二組の男女が王都エイジアの大通りを進んでいた。


 彼らの内、寡黙な騎士ザックスは寄り添っている魔導士のリネアを気遣きづかい、歩幅を合わせているのと対照的に、勝気な騎士レインは祭典の準備で活気づく街並みに意識を奪われている。


「ん、順調そうでなにより、私も馬上試合ジョストの鍛錬に熱が入るというものです」

「…… 先ずは目先の性能評価試験が大事だけどね」


 これから壁外の騎体演習場で行われる模擬戦に集中して貰うためか、背後から魔導士の少年ヨハンが声を掛ければ、応じた彼女は綺麗な金糸きんしの長髪を揺らして振り返った。


「勿論、それも楽しみにしています。新鋭騎のスヴェルF型を任されたのは我がクラム家にとっても名誉な事ですから」


「だからと言って、手加減はしないがな」

「もうッ、ザックスは真面目すぎるのよ」


 状況次第では角が立つであろう朴訥ぼくとつな物言いに呆れ、公私ともに相棒のリネアが言葉をおぎなうものの…… 黙していれば美人に分類される外見とは異なり、残念ながら剛毅な性格の女騎士は気にせず受け流してきびすを返す。


(皆がレインのように単純なら良いのだけど)


 内心で密かに溜息を吐き、近々起こり得るかもしれないアイウス帝国の内紛に際して、要職を含む官吏かんりの一部が関与すべきでないと主張している事を思い出した。


 表沙汰にしておらずとも、魔導核の技術がニーナ・ヴァレルより供与されたと考えている者達はかく、何も知らない立場だとクロード王が援軍派遣を決めた場合に揉めるだろう。


 因みに主要な整備兵に加え、王都所属の専属騎士や魔導士の多くは内情を察している側であり、必要に応じて戦地におもむく覚悟を決めていた。


(できればこころよく送り出して欲しいものね、皆には……)


 下手を打てば城内だけの話で済まず、市井しせいの人々まで政策に疑問を持ってしまうため、事態の推移には傾注する必要がある。


 やや表情を曇らせたリネアが思案しているとザックスの大きな手が伸び、慰めるようにポフポフと軽く叩いた。


「…… 何を懸念しているか分からんが、悩んで解決するたぐいか?」

「はいはい、どうせ “時間の無駄” ですよ~」


 どうしてこんな朴念仁に惚れたのかと悩みつつも王都正門を潜り、前を歩くレイン達に続いて防壁から数百メートルほど離れた演習場に辿り着けば…… そこには白を基調にして黒が混じる近接型の巨大騎士ナイトウィザード “スヴェルF型” が駐騎していた。


 狙撃型よりも要所に分厚い錬金製装甲を使用しているため、搭載魔導炉は双子エルフが関与した出力微増型である。


 今日も小柄な双子達は操縦席に潜り込み、ピコピコと長い笹穂耳を動かして作業に勤しんでいた。


「ミア、ミラ、魔導士が来たぞッ!」

「「了解です、此方こちらに寄越してください!」」


 スヴェル系統の三番と四番を割り振られた各騎から、似たようなタイミングで双子がひょこりと顔を出す。


 樹洞じゅどうに住み着いた小動物の如き姿に微笑んでから、ジャックス班長はヨハンとリネアに自騎への搭乗を促した。


 それから遅れる事しばし、専属騎士達も調整を終えた巨大騎士ナイトウィザードに乗り込み、広い原野の中央まで移動して適度な距離で向かい合う。


「良いかッ、武器の刃等は装甲よりも柔らかい軟鉄製だが、余り羽目を外して騎体を壊してくれるなよ! 特にレイン、分かってるだろうな!!」


『うぐぅ、何故に私だけ名指しなのです』

『…… いや、正鵠せいこくを射ていると思うよ、僕は』


 深く同意を示したヨハンの感情が身体にまとわり付く人工筋肉の神経節から伝わり、少し不機嫌になったクラム家の御令嬢がスヴェルF型の四番騎を繰り、訓練用のハルバードを構えさせる。


 対峙するザックスも三番騎の重心を落として、同じ得物を斜めに寝かせて持ち…… 開始の合図と共に背部バースト機構を噴かせ、低い姿勢で吶喊する。


『うらぁあああッ!』

『拙速なッ!!』


 即応したレインは四番騎の左脚を退かせ、自重と膂力りょりょくも乗せて斧刃ふじんを振り下ろすが、僅かに機先を制されてしまう。


 渾身の斬撃はハルバードの長柄ながえ同士を打ち合わせる事で止められ、直後に加速度の乗った突進まで喰らい、彼女が駆る巨大騎士ナイトウィザードは数歩のたたらを踏まされた。


『ぐぅ!』


 歯を喰いしばって堪えようとするも、詰めてきたスヴェルF型の三番騎は既に右膝を上げており、すぐさま鋭い中段蹴りが繰り出される。


 それを騎体腹部に受けて押し飛ばされ、再び間合いが開いたところで止めを刺すような一撃が放たれた。


『ッ、舐めるなぁ!!』

『ちょッ、レイン!?』


 猪突猛進な相棒をいさめるヨハンの声など無視して、彼女は四番騎の両掌で把持はじしているハルバードを高めに掲げ、交差させた長柄ながえの中心部で斬撃を押さえ込む。


 さらに流れるような動作で先端部の斧頭アクスヘッドを振り落し、刃の鎌下かましたを三番騎の首裏に引っ掛けて手繰り寄せ、鳩尾みどおちに膝蹴りを叩き込んだ!



『ぐッ、やってくれる』

『うぅ、痛い……』


 人工筋肉経由の感覚共有で呻いたリネアの声を聞きつつも、ザックスは長柄ながえから離した騎体右腕で相手の武器を掴み、からんだ鎌下かましたを横に外して密着した状態より連続のバックステップで飛び退く。


 されどもかさずレインが四番騎を踏み込ませ、躊躇ためらわず縦に得物の斧刃ふじんを振り抜いた。


『ッ、決めさせて貰う!!』

『…… だ』


 呟いた寡黙な騎士が三番騎の両腕を突き出させ、再度ハルバードの長柄ながえを互いにわせる事により、重く鋭い一撃を辛うじて凌ぐ。


 それに留まらず、左拳を右斜めに突き上げながら腰も捻転ねんてんさせる事で、握り込んだままの長柄ながえが傾斜旋回して四番騎の頭部を越えた瞬間、と同時に左鎖骨目掛けて逆旋回させた。


「うきゃあッ!」

「ぐべッ!?」


 “てこの原理” や上半身の発条ばねなども使った豪快な円運動に巻き込まれ、レイン達の騎体は大きく姿勢を崩した上に、さり気なく添えられていた三番騎のつまずいて転倒する。


 慌てて立ち上がろうとしても後の祭りで、軟鉄製の斧頭アクスヘッドが隙だらけのスヴェル四番騎に振り下ろされ…… 操縦席がある胸部の装甲板を軽くコツンと叩いた。

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