第72話 もっと私に構ってくれて良いんですよ by イザナ

 当然、心配して帰りを待っていた立場だと少々やるせないものがあり、いつもの如く寝室へ忍び込んできたイザナは気持ち良さそうに眠るクロードを眺め、やや不満げな唸り声を漏らす。


「これはもう、お仕置き事案ですね」


 そう言いながらも育ちの良さ故に熟睡しているクロードを気遣きづかい、ゆっくりと伸ばした色白な手で片頬を摘まむと遠慮がちに引っ張った。


「ぅ、うぅ……」

「ふふっ、効果ありです♪」


 僅かに微笑んだ彼女が “もっと私に構ってくれて良いんですよ~” などと、日頃は困らせないように隠している本音を耳元で囁き、摘まんだままの頬をむにむにと縦横たてよこに動かす。


 事実的な婚姻関係はあるものの諸事情により遠征などには帯同できず、御付きの魔導士であるレヴィアの方が彼と一緒にいる時間は長いため、心の何処かで幼馴染に羨望している可能性を否定できない。


(でも、仲が良いだけに気心は知れていますから…… ん、大丈夫)


 責める気持ちよりも二人に対する親愛の情が大きい事を再度確認した後、亜麻布の肌着姿となって寝床に潜り込んだイザナは筋肉質で堅いクロードの身体を抱き締め、軽く口付けてから瞼を閉じて眠りに落ちていった。



 以後、騎士国では暫く穏やかな日々が続く事になり…… まだ余裕がある騎士王祭の準備に加え、継続した戦力補強などが押し進められていく。


 最近だと純粋な魔力の爆散を推進力に換えるバースト機構及び、ハルバードを実装したスヴェルF型二騎のロールアウトも目途が立ち、騎種変更を控えた者達などは多忙な日々を過ごしていた。


 そんな慌ただしい雰囲気の中、工房の片隅にて後継騎の仕様書を熟読するレインとヨハンを眺めつつ、レヴィアに “蜂の巣箱ワッフェル・ボックス” の新商品を強請ねだられて散財してきたは奥の製図室へ向かう。


(無駄遣いなど論外だが……)


 持ち帰ってイザナやフィーネと一緒に食べたいとの事で、偶になら良いかと支払いは此方こちらで受け持った。


 幼馴染の三人娘が定期的に集まってお茶会を開くことは知っているし、何を話題にしているのか若干気になるが、考えても仕方ないと割り切って眼前の扉を開く。


 室内に足を踏み入れた直後、上機嫌で長い笹穂耳をピコピコさせながら摺り寄ってきた双子エルフから、彼女達が考案したという補助魔導核に関する資料を受け取り、軽く礼を述べて空いている席に着いた。


 既に主要な整備班の面々や技師達は皆そろっており、騎体国産化の過程で巨大騎士ナイトウィザード造詣ぞうけいが深くなったブレイズ魔術師長も同席する中、軽やかな声音で臨時の技術部会が始まる。


「皆様、本日はお時間を頂き、ありがとうなのです」


「私達から開発提案させてもらう補助魔導核ですけど、これを実装すれば騎体に “いんすとーる” できる魔法が2まで拡張可能になります」


「…… それは普通に凄いな、CPUに対するコプロセッサのような物か?」


 先程から熱心に配布資料を見つめ、黙々と読み進めていたジャックス班長が自分なりの見解を示したものの、俺達が元々いた地球の概念で例えても二人には上手く伝わらないようだ。


「えっと、それは分からないですけど…… 取り敢えず、話を聞いて欲しいのです」


 やや困惑しつつも続けられたミアとミラの説明によれば、補助魔導核は単純に魔法1個分をストックしておく役目しか持たず、主たる魔導核の制御下でのみ動作するらしい。

 

 実装に際して騎体内部に追加の空間を確保できるかなどの問題も散見されるが、それでも搭載魔法が増えるのは魅力的と言える。


「悪くない提案だな、如何いかがされるクロード王」

「資金繰りで困らない程度に宜しく頼む」


 どうやら予算を付けてくれそうな様子のブレイズに頷き、安全面に注意して進めるように念を押したところで、アイウス帝国から出向中の技師達が此方こちらを見つめている事に気付いた。


 物言いたげな彼らを代表して、テーブルに乗せた両手の指を組んだジャックス班長が鋭い視線で問い掛けてくる。


「この補助魔導核の件、ゼファルスうちの領主に報告しても?」

「そうだな…… 別に構わない、ニーナ殿には借りがある」


 元をただせば供与された魔導核の知識から派生した技術であり、自国を優先して勿体もったいぶるのは気が引けてしまう。


 帝国上層部の横槍が入らない限り、“滅びの刻楷きざはし” に対抗する手段として技術移転を惜しまない彼女なら、同盟諸国の利益を適切に考慮して行動する筈だ。


(“知識は共有、蓄積されてこそ価値がある” か)


 個人の発想や能力には得てして限界があり、高度な文明を築くには一定以上の知的水準にある群衆の力が必要だとうそぶくにもかかわらず、知識や技術を交渉材料にしてくる喰えない女狐殿の微笑が脳裏に浮かぶ。


 功利主義的な側面を持つニーナ・ヴァレルにとって知的財産の独占は好ましくないが、ろくな対価を支払わずに欲するだけの愚者も慮外なのだろう。


 状況次第では無駄に敵を作りそうだと苦笑いする間にも、補助魔導核の開発に係る仔細は詰められていき、試作品の製造に取り掛かる事までを決めた臨時部会は解散となる。

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