第73話 三者三様の御茶会にて

 室内に留まった幾人かの技師が双子エルフと意見交換を始めるかたわら、魔術師長に “娘との関係は何処まで及んだのか” を率直に聞かれた騎士王が返答にきゅうしている頃…… 訪れていた王妃の私室でレヴィアは甘い焼き菓子に頬を緩ませていた。


「ん~、絶品だよぅ♪」


 幸せそうな彼女が手にするのは二季性ラズベリーの果汁入りクリームや果肉が惜しみなく使われた逸品いっぴんで、旬の時期に合わせて発売された “蜂の巣箱ワッフェル・ボックス” の最新作ベリー・ワッフルである。


 一刻ほど前、公国への援軍派遣中に溜まった裁可が必要な書類で埋もれた騎士王を発掘し、気分転換を促すため一緒に散策した際、通り掛かったくだんのカフェで持ち帰り購入テイクアウトして貰ったものだ。


 丁度、午後の御茶会を控えていたので、三人分をトレイに載せてクロードに苦笑いされたものの、ほころんだイザナの表情を見る限りは良い判断だったと言えよう。


「このモンブラン・ワッフルも、凄く濃厚で美味しいです」

「流石、元宮廷料理人のヴォルト様…… 侮れませんね」


 何故か対抗意識を燃やしたフィーネも手頃な大きさに切り分けられた李の果肉入りワッフルケーキを堪能しつつ、自らが栽培加工した乾燥ハーブの香草茶を楽しんでいる。


 今回は組み合わせ易いカモミールに適量のオレンジピールを混ぜ、柑橘系の風味を添えた上で少量の蜂蜜も加える事により、ピールの苦みが抑えられて絶妙な味わいに仕上がっていた。


 少々、お洒落しゃれで格調が高そうな嗜好品であるが…… 数年前、高い魔法適性により魔術師長ブレイズに見いだされ、騎士団長の義娘となるまで貧しい孤児に過ぎなかった反動から、フィーネは高貴とされる風習や文化を好む傾向がある。


 それでも金銭感覚はしっかりとしているため、行き着いた先が地属性魔法を活用した貴重な植物の自家菜園と販売であり、いつしか専門家と名乗れる域にまで到達していた。


「持つべきものは友だね~、お陰で良い味の香草茶も飲めるし♪」

「ふふっ、褒められると悪い気はしません」


「うぅ、私だけ何もせず御相伴ごしょうばんに預かっている気が……」

「大丈夫、こっちも出先でクロードに強請ねだっただけだから」


 そういう意味ではレヴィア自身も本日の御茶会に大した貢献はしておらず、彼女達の溜まり場を提供している部屋の主イザナと変わらない。


 故に気遣きづかう必要なんて無いとうそぶき、指先に付いたクリームを舐め取った赤毛の幼馴染に対して、イザナは心中で謝意を捧げながらも意地悪く微笑んだ。


「ところで…… 遠征中にクロードと進展はあったのですか」

「はぅッ、いきなり矛先が向いてきたんだけど!?」


 やや動揺した友人をいじるように、フィーネまでもしれっと横から口を挟む。


「公国首都に滞在した夜は良い感じでしたが、陛下と同じく自爆してましたね」

「…… 少し揶揄からかおうと思ったら、反撃されたんだよぅ」


 視線をらして小さく唸った本人から、銀髪碧眼のブラコン魔導士が引き起こした部屋割りの騒動を聞き、軽く咳払したイザナは忌憚きたんのない言葉を掛ける。


「そのまま勢いに任せても良かったのですよ」

「ん~、前も確認したけど…… 本当に?」


「過酷な戦場いくさばでクロードを支えるのは貴女です。嫉妬のたぐいがないと言えば嘘になりますが、感謝もしていますので構いません」


 余計な罪悪感など不要とばかりに言い切って愛用のティーカップを傾け、イザナが琥珀色の液体を啜ると少し肩肘の力を抜いたレヴィアは素直に頷いた。


 彼女にしても親同士の関係で物心ついた時からの親友と、いざという時は一蓮托生になる戦友を困らせるつもりなど無いので、一安心といった感じだろうか。


(でも、事は慎重に…… 後でサリエルさんの話も聞いた方が良いかなぁ)


 先王ストラウスの愛人と似たような道を歩みそうな現状においいて、本格的な相談をするのも悪い判断では無い。


 厳密に言うならば、行政官の娘に過ぎない隻眼の魔術師と名門ルミアス家の御令嬢では立場が異なれども、経験豊富な淑女レディの助言は無駄にならない筈だ。


 むと小動物のように残りのワッフルに齧り付きつつも、何処か思案しているレヴィアの様子を見遣みやり、既に完食した騎士団長の義娘が他人事のように呟く。


「何気に陛下はモテそうですね、脳筋がつどう騎士国だと性別問わず」

「そう言うフィーネはどうなのさ~」


「私は愛しい菜園の世話と、義父の面倒を見るだけで手一杯ですので……」


 澄ました顔で肩に掛かる長さの亜麻色髪をかきあげ、然程さほどの興味はないと言葉を受け流したフィーネに対して、二人のりを見ていたイザナが一言添える。


「先程の発言、ロイド卿に関するエレイアの態度に近いものがあります」


「…… それはつまり?」

「立派なファザコン娘 (ぼそっ)」


 合いの手を打つようなレヴィアの言葉で、思わず口に含んだ少量の香草茶を噴き零しかけたフィーネが何とかこらえ、何処か胡乱うろんな視線を親友達に向けた。


「確かに義父は豪放磊落な素晴らしい武人ですが…… 迂闊うかつでした。少し気を付けるべきですね」


「ふふっ、“仲良きことは美しきかな” ですよ」


 の御仁が持つ口癖の一つを引き合いに出して微笑みながらも、イザナは友人が恩ある義父ゼノスに親愛以上の情を抱いている可能性を考慮して、そこまで深く追求する事無く話題を変える。


 暖かな陽光が差し込む室内にて、もう少しだけ賑やかな少女達の歓談が続き…… 午後のひと時はゆるりと過ぎていった。

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