第59話 朱に交われば赤くなる

 他方、リヒティア公国の首都ヴェルン駐在の魔術師により、使い魔の白鷹で援軍要請の書面を届けられたリゼル騎士国の王都エイジアでは…… 整備班員が工房と駐騎場を慌ただしく往来し、巨大騎士ナイトウィザードの出撃準備をしていた。


 先日、性能評価試験を終えたばかりの白地に黒い装甲が混じった国産騎“スヴェル”も派遣対象となるため、幾人かの錬金魔術師や鍛冶師が集まって最終的なチェックをしている。


<いよいよ、実戦…… 大丈夫かなぁ、あたし>


 誰に聞かれても大丈夫なように騎士軍装姿の石堂琴乃いしどうことのは日本語で不安を漏らし、調整中の自騎を仰ぐ。そこには相棒の魔導士イリスが搭乗し、魔導核や魔力炉の状態確認をしていた。


 自身と同じ年齢な事もあり、控え目な性格をした少女とは直ぐに打ち解けたものの…… 万一の際には彼女を巻き込んで戦死するのは頂けない。


(いや、違うわね…… 自身の恐怖をすり替えてるだけかな?)


 迷った時は独りで抱え込まず、相談するのが手っ取り早いと考える性格の彼女は周囲を見渡し、数少ない信頼しても良いだろうと思える同郷の仲間を探す。


 快活な少女に見えてリアリストな琴乃の中では人物に対する優先順位プライオリティが決まっており、特段差別されて無くとも自分を“稀人まれびと”にカテゴライズした現地人より、同じ日本人を重視する傾向があった。


 現状だと騎士王である蔵人くろうど、大陸の共通言語を教えてくれた宗一郎爺が特別枠であり、次に同性で色々と世話してくれたリーゼ、その恋人(だと思っている)ディノが続く。


 ただ、木箱に腰掛けて視線を泳がせても手頃な人物はらず、意図せずに目が合った赤毛の魔導士レヴィアが上機嫌で歩み寄ってきた。


「ん、どしたの?」

蔵人くろうどないか、探してた」


 たどたどしい学習中の言語で語り掛けると、もし尻尾が付いていたら大振りしているような人懐っこい態度で赤毛の少女が応じる。


「クロードなら団長達と打ち合わせてるけど、もうすぐ此処ここにもくると思う。ベルちゃんの調整もしないと」


「ベルちゃんねぇ……」


 可愛く言われたところで禍々しい部類の王専用騎に高所作業車を寄せ、せっせと整備作業に取り組むのは幻想世界の代名詞である双子の小柄なエルフ娘だ。


 遥かな昔に異形達との戦いに敗れた後、“滅びの刻楷きざはし”に取り込まれた支配者階級の白エルフと異なり、生き残った少数の者達は各地に点在する隠れ里で細々と暮らしていたらしい。


 そんなおり、生活圏である大森林に精霊門が建造されかけて困っていたら、全盛期の自種族が大型異形と戦うため、技術の粋を集めて考案した“機械仕掛けの魔人マギウス・マキナ”とおぼしき巨大騎士ナイトウィザードが現れる。


 この世界のエルフは総じて機械弄りが好きなので、随分と昔に失伝してしまった高度な技術に里の若い衆が荒ぶり、すったもんだの末に双子姉妹が調査へおもむく権利を勝ち取って…… 忍び込んだ騎体工房であっさりと巡回中のルナヴァディス兄妹に捕まった。


 いささか間抜けな経緯ではあるが、種族的な理解力の高さと聡明な頭脳により、瞬く間に技量を高めて整備班の中に溶け込んでいる。


「ん~、ジャックス班長、駆動系をもう少し確認しても?」

「うぅ、前回の模擬戦…… 王様の相手がロイドさんで激しかったのです」


「結構ガチでやり合いやがったからなぁ、しっかりと頼むわ」

「「了解~」」


 特徴的な笹穂耳ささほみみをピコピコさせて作業に戻るエルフ娘達をレヴィアと並んで見遣みやり、印象と違うエルフ像に琴乃が違和感を覚えていると、魔術師長を従えた蔵人くろうどの姿が視界に入った。


「二人とも、お疲れ様です」

「お疲れ様、クロードにお父さんも♪」


「レヴィ、“王”を付けなさい……」

「別に構わないさ、それよりも出撃前整備の進捗はどうだ?」


 御大層な敬称を付けられても気疲れするだけなので、やや諦め気味なブレイズの発言を受け流して相棒の少女に問い掛け、自騎であるベルフェゴールに視線を移す。


「ん~、私の出番はもうちょっと後かも?」

「ミアとミラの整備は念入りだからな……」


 思わぬ拾い物となった双子のエルフが活き活きと騎体に取り付いているのを確認し、再び二人の少女に向き合えば…… 物言いたげな琴乃の様子に気付いた。


 恐らくは初陣なのが関係しているんだろうと推測して、当たり障りが無い範囲で声を掛ける。


相方イリアはスヴェルの調整中か?>


<うん、少しだけ魔力炉の調子が気になるみたい。ちょっと神経質になっているかも? 私も人の事は言えないけど>


 苦笑した相手を観察しつつ、何かしら彼女の負担を減らせそうな事柄に言及しておく。


<今回は異形の軍勢が相手だ、対人戦よりも遠慮はいらない>

<と言われても… って、人を斬ったことあるの?>


<あぁ、できれば御免被ごめんこうむりりたいが、やむを得ない時もある>


 帝国に属する中核都市ウィンザードの破壊された東門、騎体の疑似眼球越しに捉えた衛兵隊や住民達の遺体が脳裏をよぎり、少々陰鬱な表情を知らずと浮かべてしまう。


<ごめん、変なこと聞いた>

<気にするな、そこは問いただしたい部分だろう>


 励まそうとした琴乃の表情を曇らせても本末転倒なので、藪蛇だった話題を早々に切り上げ、わざと楽天的な調子で言葉を重ねる。


<今回は機動力の高い巨大騎士ナイトウィザード隊しか参陣できないが…… あくまでも援軍だからな、自国防衛の布石だとしても皆の命を懸ける場面では無い、余り気負いすぎるなよ>


<ふふっ、考え方がすっかり騎士国の王様ね>

<………… むぅ、いつの間にか染まってしまったものだ>


 自身の順応性に内心動揺して、思わず異国日本語が分からないため退屈そうにしていたレヴィアの頭をポフる。


「ふわッ、何故に私!? んぅ、まあ良いけど……」


 満更でもない彼女とは裏腹に父親のブレイズ魔術師長が複雑な表情をしているものの、此処ここは敢えて気にしないでおこう。

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