第29話 お前達兄妹には言われたくない

 さらに追加でもう一つ、レヴィアが物色ぶっしょくを始めた最初に視線を奪われていた銅革製ブロンズ&レザーの指輪を指差し、装飾店の主に声を掛ける。


「その意匠のピンキーリングで彼女に合う物を頼む」

かしこまりました、お客様」


「ほぇ…… 良いの!? ありがとう!」

「まぁ、国元のブレイズが持たせてくれた小遣こずかいだからな……」


 それでもって、彼の娘に貢物みつぎものをするのはどうかと思わない事も無いが、本人が喜んでくれているので構わないとしよう。


 因みにピンキーは小指用を示す用語で、左手側に付けると信頼を示すのだとレヴィア自身からさっき聞いたばかりだ。その彼女はサイズを選んでもらった指輪を直に受け取り、笑顔でずずいと此方こちらに差し出す。


「ね、クロードが付けてよ♪」

「…… 乗り掛かった船か、仕方ない」


 いさぎよく観念して、差し出された柔らかい左手をそっとささげ持ち、小指に銅革製ブロンズ&レザーの指輪を嵌めて視線を戻せば、やや赤面した彼女と目が合う。


「はうぅ、なんか照れくさいね」

「自分で頼んだ事だろうに……」


「往来で何をやっているんですか、二人とも」


 お前達兄妹には言われたくないと思いつつも握ったままのレヴィアの手を離し、買い物を終えた装飾店から皆で通りに出る。


 相変わらず賑わう中央通りを進み、本来の目的であった午後のお茶を楽しむための店を探している途中、偶然にもリーゼに手を引かれるディノの姿を発見した。


「何気にあの二人って……」

「どうだか分からないが、邪推はやめておこう」


 下手に絡むとこじれが酷くなりそうなのでレヴィアに釘を刺し、その場を離れて適度に客足のあるオープンテラスのカフェに入った。


「ん~、デザートの種類が多いのは良いけど、文字だけじゃ分からないよぅ」

「値段の高いのを選ぶとはずれは無いかと……」


 微妙に恐ろしい事を言い出したエレイアを止めるようロイドへ目配せしながら、俺も隣席のレヴィアとメニューを眺める。


(ニーナ殿の趣味で広がっただけあって、基本はドイツ菓子だな)


 よく知らない種類の物があるものの、バームクーヘンなどお馴染みの物も多かったので、幾つかを少女二人に説明してやった。


「じゃあ、クリームプディングで!」

「私はそのザッハトルテとやらを……」


 楽しそうに注文を選んでいた彼女達の要望を受け、残るロイドにも確認を取った後、給仕の娘を呼んで注文を済ませる。


 デザート自体は作り置きしてあるのか、余り待たされる事無く紅茶と洋菓子がテーブルに並べられ、茶葉の良い香りがただよった。


 早速、レヴィアが甘い物を口に含んで笑顔になるかたわら、ふとエレイアの注文した洋菓子に必要なカカオの原産地が気になり、彼女の兄に尋ねてみる。


「外洋開拓時代に発見された新大陸だけど…… 何かあるのかい?」

「いや、そっちは異形種の進攻を受けていないのかと」


「現状ではね、ニーナ・ヴァレルの仮説だと文明の中心地が優先的に狙われるらしいよ」


 結果的に精霊門が出現して化物の軍勢と相対しているのは西方諸国、大内海を越えた中東諸国や極東地域との事で、その全てにおいて巨大騎士ナイトウィザードの技術が伝播でんぱされていた。


 距離的な問題で技術伝達がやや遅れた極東地域などは、初期は兵士や魔術師を掻き集めて人海戦術を取り、死山血河しざんけつがを築いたそうだ。


 その甲斐あって騎体の実戦投入が間に合ったものの、既に多くの土地を奪われて精霊門を建造された事もあり、現在も苦しい戦いを強いられているらしい。


「しかし、女狐殿は何者なんだろう、手回しが良すぎる」

「昨日の感じだと、別に悪い奴じゃなさそうだがな……」


 本人に聞いたところで教えてくれる筈もないため、適度な距離感を保つしかない。


(目的が稀人まれびと達の帰還支援にあると分かっただけで、今は十分か)


 強引に見切りをつけて小難しい話は切り上げ、俺も注文したバームクーヘンを齧り、無糖で頼んだダージリンを啜る。少し悔しいが、確実にリゼル騎士国より食べ物が美味い。


 などと考えながらの間食もつつがなく終わり、ニーナが一時期世話になっていたというサントレア大聖堂などの名所を廻った後、日暮れ前には騎体工房へ戻った。


 その入口付近では、俺とレヴィアが乗ってきたクラウソラス四番が壁際に固定され、四肢を覆う軽硬化錬金の装甲が一部外されている。


「あれ、四番機って修理対象じゃなかった筈なのに?」

「確かにそうだな」


 魔導士登録だけ書き換え、復路の際はディノとリーゼのペアが乗って帰る予定だったので、近くまで歩み寄って作業をしている技師達の班長らしき欧米人に問う。


「四番騎の状況に何か問題でも?」


「えぇ、念のため軽くチェックしたら、人工筋肉の一部が負荷で劣化していて、魔導液の循環系とかも修理された痕跡はあるんですが…… 処置が不十分でした」


 それで心配になり、本格的に重要箇所の確認と一部補修をニーナに願い出たところ、認められたのでライゼスと費用の交渉を済ませ、作業に取り掛かっていたようだ。


「まぁ、老婆心からですので、実費くらいしか頂きませんよ」

「それは有難いな」


「いえ、コイツは私が製造に関わった騎体ですからね、我が子同然です」


 技師の男性が指差した取り外し済みの脚部装甲に近付き、目を凝らして確認すると…… 今まで気に留めた事は無かったが、“K0066-s”と製造番号らしきものが彫りこまれていた。

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