第7話 鈍色の浮遊多面体を穿て!

 距離的に判断して今から岩場まで進出すれば、精霊門周辺の異形達がゼノス団長率いる騎士団本隊に惹き付けられた隙を狙えるだろう。


 右手に握り込んだ破砕兵装“雷槍”の石突いしづきを杖代わりに騎体を起し、踵を返そうとするものの…… 予定の刻限より半時はんときほど早いために状況を見極めるつもりか、ロイドの騎体は片膝を突いたままだ。


『兵は拙速せっそくたっとぶ……』

『何それ?』


 不思議そうな声を出したレヴィアには伝わらなかったが、先祖が柳生一門というルナヴァディス兄妹には通じたようで、兄贔屓びいきの妹が心外そうな声を出す。


『急いては事を仕損じるとも言いましょう』


『…… いたずらに時を無駄にするのも得策じゃないよ、エレイア。敵方が精霊門に近付かれるのを嫌って、想定より手前で仕掛けてきた可能性もある』


 その場合、交戦の場と破壊目標の位置が離れすぎていると、奇襲による敵方の動揺を誘え得ない訳だが…… 現状まで事を進めてしまえば変更は難しく、予定通りに行動する他はない。


 同様の結論に至ったロイドが妹をたしなめ、クラウソラス二番騎を立ち上がらせて、付近に集まっていた斥候兵達に騎体の疑似眼球を向けた。


『水先案内、ご苦労だった』

「ロイド卿、クロード卿もご武運を……」


 何やら違和感しかない敬称を付けられたが、名も知らぬ斥候隊長殿は大真面目な表情だったので騎体の首を動かして頷き、俺達は大森林の川沿いを遡上そじょうする形で駆け出す。


 恐らく、どんなに注意していても奴らの警戒網の中では小型種達の目を欺く事は出来ないため、残りの距離は一気にめるしかない。


『念のため確認しておくけど…… クロード殿、僕たちの目的は精霊門の破壊だ』

『分かってるさ、陣取っている地竜のドレイクとやらは無視すれば良いんだな』


 あくまで遠征の最大目的は“滅びの刻楷きざはし”の橋頭堡きょうとうほを破壊する事であり、それは全てにおいて優先される。一度国内に作られてしまえば大小様々な異形がそこから溢れてしまうので、何としても機能する前に破壊する必要があった。


 事前の取り決めでは、俺達と銀髪兄妹の二騎で電撃作戦を敢行した後、本隊と合流して動けるクラウソラス全騎で大型種の地竜を討ち取る手筈になっている。


『何気に面倒な事だなっと』

「グガウゥウッ!?」


 呟きつつも、斜め前方の木々の合間から飛び掛かってきた体長八メートルほどの灰色熊に騎体の膝蹴りを喰らわせ、倒れたところに雷槍を突き刺して仕留める。


 先を行くロイド達の騎体も、同じく中型種の異形に分類される猪型魔獣の突進を器用に躱し、すれ違いざまに添えた左手から電撃を走らせてたおしていた。


『…… レヴィア、騎体でも魔法が使えるのか?』

『ん、威力を絞らないとすぐに燃料切れになっちゃうけどね』


 それを事前に聞いておきたかったと溜息を吐き、此方の存在に気付いて集まってくる小型種や中型種を振り切るため、騎体の速度を上げていく。


 幾ら巨大騎士より小さいとしても、流石に群がられると動きが取れなくなって殺られてしまうため、小兵こひょうだからとあなどる事はできない。騎体の実戦投入が間もない頃、諸国でそんな戦死事例が多々あったそうだ。


 それ故に騎兵や歩兵が随伴する意味合いは大きいと実感しつつも、近場にいた小型種の魔獣を蹴り飛ばして進めば視界が開け、水源たる清らかな湧水わきみずで足元を満たされた広大な岩場へ出る。


 どうやら騎士団本隊の攻勢を迎え討つため多くの異形は出払っていたようだが…… 此方よりも大柄な全高二十メートル以上はありそうな四つ肢の地竜ドレイクに加え、中型及び小型の魔獣数匹が陣取っていた。


『雑魚を纏めて薙ぎ払うよ、クロード、両手を突き出して!』


 耳元に響くレヴィアの声に従って雷槍を地面に突き刺し、自由にした騎体の両掌を前に付き出させれば、周囲の風が瞬時に集まって大気を高密度に凝縮した砲弾が形成される。


『切り刻んで、エアバレット・バースト!』

『うおッ!?』


 彼女が紡いだ魔法の影響なのか、巨大騎士と接続された身体が活力(魔力?)の喪失を感じて戸惑う中、一直線に飛んだ風弾が異形どもの頭上で炸裂した。


「「グギャアァアアッ!?」」

「「ギッ、ギィイイァアァッ」」


 無数の風刃が中型種以下の魔獣を切り刻んで血煙を巻き上げ、巨大な魔方陣の中央に座す輝く鈍色の浮遊多面体が露となった瞬間、長物を構えたロイドの二番騎が疾走する!


『一撃で決める』


 血塗れで地に伏した小型種の骸を踏み砕いて吶喊とっかんし、彼の騎体は勢いのままに怪しげな物体目掛け、信管が接続された雷槍を突き刺す。


 直後、轟音と爆炎が生じて精霊門の中核となる浮遊多面体は粉々に砕け飛ぶが……


『兄様ッ!』

「グルォオオォオォオオッ!」


 苛立たし気な咆哮と共に地竜が旋回し、重量にモノを言わせた強烈な尻尾の一撃が二番騎を直撃した。


『ぐぉおおぉおおッ!?』

『きゃああぁあぁ』


『ロイドさん!』


 響く打突音とレヴィアの声に反応して騎体を走らせ、弾き飛ばされつつも自ら転がって距離を開けたロイド達と地竜の間に割り込む。ちらりと一瞥した彼の騎体は至る所から赤い血のような魔力液が漏れてしまっていた。


『大丈夫か、ロイド殿?』

『くッ、動けるけど申し訳程度だね…… ちょいと功を焦ってしまったよ』


 鉄剣を地面に突き刺して二番騎が立ち上がるものの、まだ残っていた中型種の恐竜二匹が左右から挟み込むように迫る。


「「ガルァァアァッ!」」

『ちッ、一匹は自分でなんとかしろ』


 咄嗟に雷槍を右側の恐竜へ繰り出し、胸を貫いて振り飛ばしながらロイド達を振り向けば、既に向こうも雷撃の魔法で残り一匹の命脈を絶っていた。ただ、一番厄介な地竜が未だ健在なので、危機的な状況は変わらない。


 業火を口腔に湛えた地竜ドレイクが低く唸り、おもむろに開けた大顎から灼熱のブレスを吐こうとしていた。

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