第30話 貴族の魔法
ヴェルゼルディの掌から炎が放たれた。
その炎を見た子供達は、一斉にざわめく。
「なんだあれ!」「火よ、なにもない所から火が出た!」「すげー‼」
「うわっ! こっち来るよ!」「こんなの初めて見た‼」
突然何もない所に現れた炎に騒然とする。
ヴェルゼルディの放った炎は、目標をカイに定め進んでくる。
「ふははは! ゴミ屑共め、焼け死ぬがいい‼ ふはははははっ!」
ヴェルゼルディは、高笑いと共に勝ち誇る。
しかし、
──めっちゃ、おそっ……。
その炎は、びっくりするほど遅かった。
ゆらゆらと揺らめく炎が、ふらふらと進んでくる。なおかつその炎はお世辞にも大きくない。子供の頭ぐらいの大きさだ。
そして間違いなく私達全員を焼き殺せるだけの威力はないし、カイ一人すら焼き殺すことはできないだろう。少し火傷させるのが関の山ではないだろうか。
ふらふらと進む炎が、カイへと近づく。するとカイは、
「──ふぉたぁーっ‼」
平手で炎を、べちん! と床に叩き付けた。
床に落ちた炎は、その場でぱふっと消えてしまう。私達も唖然としてしまった。
「──なんとー‼」
それを見たヴェルゼルディは目をパチクリさせ、カイが素手で炎を叩き落としたことに驚愕している。
まさか魔法の炎を素手で消されるとは思ってもいなかったのだろう。しかし一度現象として現れてしまえば、それはいくら魔法で具現化されたものであれ、この世界の理の内で処理されてしまう。小さな火は簡単に水で消せるし、一瞬なら熱さを感じる暇もなく火を叩き消すぐらいの事はできる。
要はヴェルゼルディの魔法がしょぼすぎたのだ。カイが素手で消せる程度の魔法だった、という事だ。
簡単な炎の魔法であれば、魔力の量で炎の大きさを変えることはできる。炎が大きくなれば消火しにくくなるが、その本質はあまり変わらない。生活魔法の火種魔法も魔力量によって炎の大きさは変わるが温度はあまり変わらないのだ。
小さな炎でも消しにくい炎魔法だってある。炎の温度を変えることもできるし、時間制限を設け、自在に炎を持続させることもできる。そしてもっと高度な魔法になれば、炎が対象に当たると爆発させることもできるのだ。
根本は同じ魔法なのだが、用途に応じて使い分けることが可能なのである。それは偏に術式というものが必要なのだ。
ヴェルゼルディは、基本の炎攻撃魔法を使っただけ。それも魔力をそんなに込めずに放出しただけなのである。素手で消せて当然だ。
「ぐぬぬぬぬ……ゴミ屑の分際で俺様の魔法を……」
「なんだ? これがまほう、ってやつなのか? はじめはびっくりしたけど、こんな火じゃ竈の火よりも熱くねえよ!」
「ぐぬぬぬぬ……」
カイは魔法を知らないふりをし、ヴェルゼルディの炎魔法のしょぼさを説く。
それを聞いたヴェルゼルディは、見る間に顔を上気させた。わなわなと握る手が震え、怒り心頭といった様子である。
「ゆ、る、さん……許さんぞゴミ屑共‼ 貴族である俺様の才能溢れる魔法、それをゴミ屑風情が……許さん‼ この家畜小屋もろとも燃やし尽くしてやる‼」
ヴェルゼルディは怒りに任せ、再度魔法を発動させようと瞑目し集中を始める。
それを見て私も再度辟易としてしまう。
才能あふれる魔法とヴェルゼルディが言っていたが、どう見ても才能の欠片もなさそうに見える。何歳の頃から魔法を始めたのかは分からないが、10歳前後でその魔力量と魔法の精度であれば、ここの子供達の方がよっぽど才能に溢れているように思えてならない。
どういった教育方針で魔法を習得したのかは分からないが、きちんと教育する者がいなかったのだろうか? もしいたとしたならば、その教育する者の実力も知れるというものだ。
まったくもってお粗末としか言いようがない。
ヴェルゼルディは、先ほど以上に集中し、残りの魔力全部を魔法につぎ込もうとしている。
しかし、先ほどのしょぼい魔法でヴェルゼルディは、己が魔力量の3割程消費しており、残り全部を消費したところで、この施設を燃やし尽くせるほどの魔法は発動できない。
怒りに任せているせいか、多少は威力を増しそうな気配はあるが、それほどの脅威というわけではなさそうだ。
それでも次にカイがその炎を叩き消せるかどうかは別の話だ。
『カイ、こっちに来て』
私は小声でカイに聞こえるようにそう言い手招きした。
ヴェルゼルディは、眼を固く瞑って集中しているので放置である。どうせ魔法の発動までしばらくかかるだろうし。
『どうしたトーリ?』
『危ないからみんなと一緒にいてよ』
『危ないって、あの魔法が、か?』
いくらヴェルゼルディの魔法がしょぼかろうとも、先ほどと同じ魔法でも2倍以上魔力を込められたら、炎は2倍以上大きくなるのだ。人が死ぬほどの威力はないにしても警戒した方がいい。
カイでも消せなくはないと思うが、今度は火傷を負ってしまうかもしれない。
というよりも、今度はヴェルゼルディに攻撃させないようにしようと考えているのだ。
これ以上面倒事は御免だ。既にカイがヴェルゼルディに目を付けられてしまっているが、それを抜きにしても、この状況をどうにかしなければならない。
このまま貴族に不興を買われたままでは、我々の先行きが非常に怪しくなる。ヴェルゼルディの親であるケーレイン伯爵に報告でもされたなら、この施設自体の存続にも係わってくるかもしれないのだ。
『うん、今ちょっとしたことをしようと思ってね』
『そ、そうか』
『それとカイ、君は後でお説教だね』
『えーっ!』
『僕じゃなくても、ブルジン指導員やエメーラ指導員に、こってり絞られるだろうけど』
『な、なんだよそれ……俺様なんか悪いことした、のか?』
カイは自分が悪いことをしている自覚がないようだ。
確かに私を助けようとヴェルゼルディに反論し、そしてみんなを守るために矢面に立った。その事だけに関していえば、正義感が強く皆を守ろうという姿勢が前面に出ており立派だと、賞賛こそすれ怒られる要因だとは言えない。
しかし相手が悪い。貴族に逆らっても良いことはないのだ。彼等の常識は、私達の非常識をも上回るものなのだ。そこに私達の常識など通用しないのである。
『それはお説教の時にね』
『わ、分かった……』
私の意味深な言葉に、カイはしょんぼりと頷いた。
自分が正しいと思って行動したことを、真っ向から否定されてしまったようなものだ。致し方ない。
ただ、今後もこんなことがないように、しっかりと貴族の恐ろしさを知っておかねばならない。いくら義憤に駆られても、その行いの通用しない者達がいる、という事を。
『みんなも万が一に備えて、集まって身を小さくしていて』
これから行う事で多少の影響があるかもしれないので、子供達全員にそれに備えてほしいとお願いした。
子供達は私の指示に従い、29人が一塊になって身を屈める。エメーラとブルジン指導員も、子供達を守るように覆い被さるようにした。
それだけの時間があったにもかかわらず、ヴェルゼルディの魔法はまだ発動していない。
難しい顔をして唸りながら、魔法を紡いでいる。
そして、いよいよ魔法が発動しようとした時、私は動く。
別に魔法で迎撃するわけではない。
私達は魔法を知らないということになっているので、そんなあからさまに自分の身を危険に曝す積りはない。
私がするのは、ヴェルゼルディの魔法を暴走させること。彼の魔力量は少ないので暴走するまでには至らないが、外部から干渉することにより暴走させることが可能なのだ。
魔力は目に見えない(ある一定以上の高魔力なら光って見えることもある。または魔力を見ることができる者もいるが稀な存在)ので、私の魔力で暴走を促してやるのである。
「──はーっ‼」
ヴェルゼルディの集中も終わり、掛け声と共に魔法が発動する。
ボッ! と、先ほどよりも一回り大きな炎がヴェルゼルディの目の前に点火した。
そこで私は、魔力を操作しその炎に干渉する。
すると、ぼぼぼぼぼっ、とみるみる炎が大きくなる。
「──うぉっ! お、俺様の魔法が……ふはははははっ‼ 俺様の魔法が進化しているではないか! 見ろゴミ屑共! これが俺様の力だぁーふはははははっ‼」
先ほどの数倍に膨れ上がった炎に喜色を浮かべるヴェルゼルディ。その魔法が自分の力だと信じてやまない。
いえ、そんなことはありません。進化もしないし、あなたの力でもありませんよ。
さあ、まだまだ序の口、もっと行きますよ。
「これだけの魔法であれば、ゴミ屑など消し炭に……お、おい、おいおい、おいおいおいおい! な、なんなのだ! 俺様の魔法の制御は完璧なはずだ! 何故ここまで炎が大きくなる‼」
目の前で次第に激しくなる炎に、ヴェルゼルディは狼狽え始める。
最初から魔力の制御なぞしていなかった様に思えるが、本人が言うならやっていたのだろう。まあ、今その魔法は私の制御下にあるので、彼には魔法を消すことも止めることもできないが。
炎の大きさは自分の背丈をゆうに超え始め、そろそろ天井まで達しようとしている。
「ええい、クソッ‼ ──全員焼け死んでしまえ‼」
猛る炎に自分でも恐ろしくなってきたのだろう。ヴェルゼルディは、あたふたしながら炎を私達に向け押し出す。
炎はゆっくり、のろのろとこちらに向かってくる。
やはり魔法の制御が稚拙この上ないのだ。本来ならもっと速度を上げられるはずだ。
「……ふ、ふ、ははは……ご、ゴミ屑共、し、死んでしまえぇ~……」
あまりの炎の大きさに、ヴェルゼルディ自身も怯えきっている。
炎はヴェルゼルディから1メートル程進んだ。
さて、ここで仕上げだ。
──爆ぜろ‼
私は魔力操作で炎を爆発させた。
──ドン‼ という破裂音と共に空気が急激に動く。その衝撃によりヴェルゼルディは後方へと吹き飛ばされる。周囲の机や椅子も吹き飛び、ついでに隣の指導員であるベルゼスとアイラスも扉を破りながら廊下へと吹き飛ばされた。
魔法操作で死ぬほどの衝撃は与えていない。爆発の寸前、炎の温度は下げたし、爆風も幾分抑えている。
私達にはそんなに被害は出ないように距離を置いて爆発させたが、それでもかなりの衝撃が襲うと予想できたため、一応風の魔法で障壁を張り幾分威力を軽減させたので、怪我人などは出ていない。
ちなみにヴェルゼルディの侍女にも、被害が及ばないように障壁を施しておいたので無事である。
もろに被害を受けたのは、ヴェルゼルディとベルゼスとアイラスだけである。
爆発の余韻も収まり3人を見てみると、白目をむいて気絶をしていた。
「ふう、皆大丈夫?」
『……』
私が問いかけると、皆はなにが起こったのか理解できずに、爆発で散らかった作業室を無言で見渡すのだった。
まあ仕方がないだろう。
吹き飛ばされた3人も死んでいないようだし、これでこの場は切り抜けられそうだ。
ホッと息を吐こうとしていると、
「──何事だ⁉」
と、この騒ぎに気付いたであろう施設長のグレンが姿を現すのだった。
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