海山大戦β
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第1話
あるところに浦島太郎という者がありました。この男はたいそうお人好しでした。人から頼まれると断り切れず、手を貸してしまいます。そのため、村の者たちは、困ったら浦島に頼むようにしておりました。しかし、父と母を早くに亡くした浦島にとっては、そうやって人が頼ってくれるだけでうれしかったのです。
ある日、浦島が浜辺に行って釣りをしようとしていると、一匹のカメが子供たちにいじめられておりました。
「こらこら、カメをいじめてはいかん」
浦島は子供たちに近づいていきました。子供たちは、最初は、浦島の言うことを無視してカメを殴り続けていましたが、浦島がその太い腕でがしっとある子どもの肩をつかむと、その子が慌てて逃げ出し、そのほかの子もそれにならって退散していきました。
「浦島さん、いじめられているところを助けていただいてありがとうございました。
ところで、私は竜宮の者なのですが、私を助けていただいたお礼に、あなた様を竜宮城へお連れしておもてなしをさせていただきたいのです」
浦島は、竜宮城と聞いて驚いてしまいました。浦島は、しばらく目をぱちぱちさせてただつっ立っていました。
「無理にとは言いません。ただ、私のご主人である乙姫様もあなた様をおもてなしできないとしたら、たいそう悲しまれるでしょうね」
浦島は、悲しまれるという言葉が頭の中でざわざわと響き渡りました。行かないことで誰かが悲しむことになるというのであれば、行くしかありません。
「そうおっしゃるのでしたら、ぜひとも竜宮城へ連れて行っていただけませんか」
浦島がそうカメに言うと、カメはとてもうれしそうな顔をして、ありがとうございますと何度も浦島に頭を下げるので、浦島は、参ってしまって、とんでもないとうように両手を自分の前で振って、へこへこしました。
カメに乗って、浦島は、海の中を潜っていきました。途中まで息を止めていましたが、カメに、そんなことをしなくても大丈夫ですよと言われたので、おそるおそる呼吸をしてみました。すると、陸にいるときと同じように息をすることができます。浦島は、カメと、不思議ですね、などと会話をしながら海の深いところまで潜っていきました。
竜宮城に入ると、浦島は、乙姫様に謁見しました。乙姫様は、美しい方で、この世の全ての美しさを集めたような人でした。それでいて、さっぱりしていて、動きや言葉に傲慢さや卑屈さがなく、とても丁寧な方です。乙姫様から、カメを助けていただいたそうでありがとうございますとお礼を述べられると、浦島はこのような素晴らしいお方から深々と頭を下げられて、浦島は、踊りだしたくなるくらいに浮かれ、正座での脚のしびれに、ついに足が浮き出したかと思ったほどでした。
宴会では、隣に乙姫様が座り、浦島にお酌をしてくれます。浦島にとって夢のような光景でした。目の前では、タイやヒラメがおもしろおかしい踊りや一発芸を披露してくれていましたが、全く目に入って来ません。代わりに目に入るのは、隣で楽しそうに笑っている乙姫様でした。浦島は、何度か自分の頬をつねってみました。けれども、痛いのかよく分かりません。浦島の様子に気づいた乙姫様が、どうしたのかと尋ねてきます。浦島が、まるで夢のようで、自分の頬をつねっても痛いのかどうか分からないのだと申すと、乙姫様は面白がって、浦島の頬をつねって、これならどうですかと聞くのです。その、小さく、やわらかく、そしてひんやりとしている手が、お酒で顔が熱くなってきていた浦島にはとても気持ちがよく、今にも惚けてしまいそうでした。乙姫様は、そんな浦島の様子を見て、そっと笑うのでした。
ある日、浦島が竜宮城の廊下をうろついていると、玄関口のところで様々な人が出入りしていました。
「あの方たちは、どのような方なのでしょうか」
浦島は、近くにいたカメに聞きました。
「浦島様、あのお方たちは、乙姫様に会いに来られた方たちでございます。私も詳しく存じ上げないのですが、乙姫様は、最近婚活をなされており、乙姫様の婿になろうとする者たちが、お土産を持って見合いをしに来られているようです」
浦島は、乙姫様でも婚活をなされる時代なのかと納得し、そのまま散歩を続けました。すると、廊下の向こう側から、乙姫様がこちらに来るのが見えました。そして、乙姫様は、浦島の姿を見かけると、浦島の方へ駆け寄ってきました。以前謁見をしたときとは大きく異なり、この日の乙姫様は子供っぽくって、そのご様子がなんとも可愛らしいのでした。
「乙姫様、どうなさったのですか」
浦島は、そんな乙姫様のご様子が気になって尋ねました。
「いえ、多くの方がこの竜宮へ私を尋ねて来るものですから、なんだか疲れてしまって。逃げ出してきてしまったのです」
乙姫様はいたずらっぽく笑います。
「さきほどこちらのカメさんからうかがったのですが、最近婚活をなされているのですね。やはり大変なのでしょうね」
浦島のその言葉に、乙姫様は、カメの方をきっとにらみました。そして袖で口元を抑えながら笑ってこう言いました。
「このカメったら、また余計なことを。実はそうなのです。色んな方が私を口説こうとするのですが、もううんざりしてしまって」
「乙姫様は、とてもお美しいですから、立派な方がお似合いになるのでしょうね。どのような方がお好みなのですか」
乙姫様は、この浦島の問いに、少し難しい顔をして考えてからこう言いました。
「これは、心の優しい浦島さんにでしたら申し上げてもよいでしょうか。実は、私が婚活を始めましたのは、理由があるのです。以前から、この海の近くにある山の者たちが少しずつ海に進出し始めていたのですが、神官の占いによると、近い将来二人の恐ろしい兵が襲ってくるようなのです。そうなってはこの竜宮はひとたまりもありませんから、この竜宮を守ってくれるようなお方を探しておりますの」
浦島は、こんな話を聞いて黙ってはいられませんでした。このようなお美しく、可愛らしい乙姫様を襲おうとする者がいるとは許せません。
「乙姫様、もしよろしければ、その山の者の退治を私に任せていただけませんか。私が、必ずやその山賊たちを討伐し、この竜宮に平和をもたらせてみせます」
「本当にございますか。いえ、ご客人にそのようなことまでお頼みすることはできません。これは、竜宮の問題でございますから」
乙姫様は、浦島の提案に、顔いっぱいに花が咲いたように笑顔を広げていらっしゃったが、すぐにその花もしおれてしまい、しょんぼりとうつむかれました。浦島は、そんな乙姫様の弱々しい細い肩をがしっと掴んで、顔を上げられた乙姫様に真剣な表情でこう言いました。
「乙姫様、私は、困っている方を放っておくことはできません。あなた様を、そして竜宮をお助けしたいのです。お客だから、などということを気にしていただきたくないのです」
「浦島様がそうおっしゃるのでしたら、お頼みしてもよろしいですか」
乙姫様は、顔を赤らめて言われました。
「はい、もちろんですとも」
浦島は、笑顔でそう答えました。
浦島は、山賊退治をやるとは言ったものの、実際にはどうしたらよいのか全く分かりません。カメに話を聞いてみると、山の場所は分かるものの、そのほかはよく分からないとのことでした。そこで浦島は、まず、その山の者がいるという山へ調査に行くことにしました。
浦島は、カメに乗って山のふもとにある浜辺までいくと、昼であるのに、山の奥の方は、薄暗くて見通しがよくありません。浦島は、少し怖いなぁと思いながらも、カメは陸へは上がれないというので、一人山の中へ入っていきました。
浦島は、日が暮れるまで山の中で調査をし、日が暮れたら竜宮に戻るという生活をしておりました。そうして、山に調査に入り始めて、何度目かのことでした。山の中にきれいな川が流れており、その端に小屋が建っているのを発見しました。浦島は、その家のそばまで行って、耳をすましてその会話を聞きました。
「おい、ばあさん、もうすぐ桃が流れてくる時期だから、気をつけて見ておいてくれよ」
「はいはい、分かりましたよ。それにしても、あれからまた80年が経ったわけですか。早いもんですねぇ」
「そうじゃのう。今度の子が終わらせてくれるといいんじゃが」
「海の者がいなくなればよいのですが。ほんとに、もう耐えられませんよ」
そこまで聞いたところで、浦島は、重大なことを聞いたと思いました。海を襲っている連中は、このおじいさんおばあさんの子供ではないか。浦島は、その日は、いったん退くことにしました。
浦島は、竜宮でこう考えました。あの二人の子どもが海を襲ってくるのであれば、その子どもが生まれる前に、その二人を倒してしまえばよいのです。
そこで、浦島はまた山に行くと、狸を見つけて頼みました。
「ここに2つの石がある。こいつを、この山にある小屋の前でかちかちと打ってくれ。そうして小屋が燃え始めるのを見たら、戻ってくるんだぞ。それができたら、食べ物をたくさんやるからな」
狸は、食べ物がたくさんもらえると聞いて、わーいと喜び、ねだるようにして火打石を浦島から受け取りました。そうして、例の小屋のある方へと走っていったのです。
浦島は、それから、長い間、狸が返ってくるのを待っておりました。しかし、なかなか狸は帰ってきません。心配して待っていると、ようやく狸が帰ってきました。しかし、あちこちにあざがあり、泣いていて顔がぐしゃぐしゃです。浦島のもとへ駆け寄って、浦島に抱きかかえられて言うには、どうやら、かちかちと火打石を売っていたら、火が点く前におじいさんに見つかってしまい、ひどく怒られ、棒でいろいろたたかれたので、急いで逃げて帰って来たというのです。浦島は、かわいそうな目に遭わせてしまったと思い、ひどく反省し、狸の介抱をしてやった後、山に帰してやりました。
浦島は、竜宮に戻って悩みました。小屋に放火する作戦は、失敗しました。これからどうしたものかと考えていると、乙姫様が浦島の下を尋ねてきました。
「浦島様、山の者の退治の方はいかがでしょうか」
乙姫様は、少し心配そうな様子で浦島に尋ねます。
「それが、相手がどこにいるのかは分かったのですが、その攻め方で悩んでいるのです」
「そうでしたか。実は、先日、何者かが竜宮に侵入し、私の隣の部屋を破壊していったのです。幸いけが人は出なかったのですが、次はお前だぞと言われているようで恐ろしくて。きっと山の者の仕業に違いありません」
浦島は、この乙姫様の言葉になんとなく引っかかるものを感じましたが、ともかく、浦島は、その事件現場へ案内してもらうことにしました。乙姫様はカメを呼び、浦島を案内させました。
浦島が、部屋に着きますと、そこには焦げた匂いが広がっていました。床に大きい穴が開いており、この下で何かが爆発したようでした。不思議に思って浦島がそれを眺めていると、またもや乙姫様が浦島を大きな声で呼んでいます。浦島は慌てて乙姫様のところへ向かいました。
乙姫様の下へ駆けつけると、乙姫様が浦島の胸に飛び込んできました。少し体が震えています。浦島が、どうしたのですかと聞くと、今山の者たちが来て乙姫様に殴りかかろうとしたというのです。そこにちょうど警備の者が駆けつけてその攻撃を防いだところ、山の者はすぐに逃げて行ったとのことでした。
「まだ近くにいると思います。浦島様、どうかあの者たちを退治してください」
浦島は、はいと力強く返事をすると、付近にあった棍棒を持って山へと向かいました。
カメに乗って浜辺まで行きましたが、浦島は、どうも様子がおかしいと思いました。さきほど逃げたという割には、道中に一度も山の者らしき人影がありません。それでも、そこまで逃げ足が速いのかと思って、浦島は棍棒を握りしめ、例の小屋に向かってずんずん進んでいきました。
小屋に着くと、中から先日聞いたのとは違う若々しい声が聞こえました。しかも会話から察するに、中に3人いるようでした。
「お父様、お母様、私は、鬼退治をし、海の連中も必ずや叩きのめしてきましょう」
聞こえてきた言葉に浦島は確信しました。こいつらが乙姫様をこんなにも苦しめて怖い思いをさせているのだと。そうすると、次第に浦島の脚にも力がこもってきて、ここで片をつけてやろうと決心しました。
「山賊ども、成敗じゃ」
浦島は、扉を勢いよく蹴破ると、大声で叫びながら小屋の中へ侵入しました。小屋の中には若い三人がいて、特にそのうちの一人は、少年のあどけなさが残っており、額には、「日本一」のハチマキをしています。手には日本刀が握られており、まさに、2人の男女から写真を撮られているところでした。小屋の中にいた2人はぽかんと驚いていましたが、そのうち、「日本一」のハチマキをした者は、浦島が入って来たのを見ると、一気に顔の表情が引き締まり、浦島に日本刀で襲い掛かりました。
あ、という間に「日本一」の者は、浦島の目の前まで来ておりました。浦島は、そのあまりの速さに驚きながらも、なんとか棍棒で防いで応戦しました。日本刀の扱いは、美しくそして効率的でした。その目は、ずっと浦島を捉えています。そして、浦島を角まで追い込むと、こう言いました。
「海の鬼どもめ。まずは、お前から成敗してやる」
「何を言っている。お前たちがけしかけているというのに」
「ふん、聞いて呆れる。おまえたちは、鬼とつるんで財宝を巻き上げているんだ。そんなもの、鬼が人々から財宝を奪い取るのと変わることか」
浦島は、驚き、動揺しましたが、あの乙姫様の悲しむお姿が、脳裏に浮かびます。
「違う。乙姫様はそのようなお方ではない。あのような素晴らしいお方が鬼などと組んでいるはずがない。私はこの目で見てきた。あのお方のすばらしさを、あのお方のひどく悲しんでおられる様子を」
「日本一」は、あまりにも浦島が自信をもって答えるので、一瞬自分の信じていることを疑いました。自分は両親などから海の者や鬼について聞いていただけでした。しかし、それでも意を決して浦島に最後の一撃をくらわせようとしました。
「桃太郎や、もうやめておし。そのお方は、きっと悪いお方じゃないよ」
そう言ったのは、浦島と桃太郎の攻防を後ろで見守っていた桃太郎のお母様でした。桃太郎は、顔を浦島に向けたまま答えます。
「お母様、ですが」
「このお方はきっと海の者に騙されているのですよ」
その言葉を聞いて、桃太郎は、しぶしぶ刀を鞘に納めました。浦島は、桃太郎のお母様の優しい言葉にすっかり戦意を喪失しておりました。どことなく、自分の死んだ母親の声に似ているような気もします。桃太郎のお母様は、浦島に鬼たちのことについて語り始めました。辺りには張り詰めた空気が漂います。
「昔のことですが、鬼ヶ島に鬼が棲みつきました。鬼は陸まで来て人々から財宝を奪ってしまうのです。しかし、あるときから、そのような強奪はぴたりと止みました。噂によると、海の者たちが鬼と取引をして止めさせたようなのです。それから、海の者たちが、鬼を後ろにつけて、人々を脅したてるようになりました。
私たちは、この山で子どもと3人で暮らしていたのですが、その子がどこから鬼のうわさを聞いてきたのか、鬼退治に行くと言います。私たちは、最初は止めました。しかし、彼は、人々を苦しめる鬼たちを許せないから、行かせてほしいと言うのです。そこで私たちは、鬼退治に行くことを許すことにしました。
しかし結局その子は、瀕死の状態で帰ってきました。そして、最期にその子は、こう言ったのです。
『鬼ヶ島で桃をとってきた。それがいつか流れてくるはずだから、その桃を食べて元気になってほしい』
私たちは、最期まで私たちのことを心配してくれたこんな優しい子がこんな形で死んでいって、本当に辛かったのですが、それから、80年ほど経った頃、この傍の川に、桃がどんぶらこと流れてきました。私たちは、その桃を川から拾い上げて食べました。すると、次の日、私たちは若返っていたのです。私たちは驚いて顔を見合わせました。
その後、私たちは、もう一度子どもをもうけて育てることにしました。しかし、その次の子もまた、いつしか鬼退治に行きたいと言うようになりました。私たちは愕然とし、また繰り返されてしまうのかと思いました。結局、私たちが折れて鬼退治に行かせることにしたのですが、彼は私たちのところに戻ってくることすらありませんでした。
ところが、それから80年経ったころ、以前と同じように、桃がどんぶらことこの川を流れてくるのです。私たちはまたも驚きました。そして、もう二度とあの辛い思いをしたくないと思いました。しかし、そのとき夫は、この桃を食べて、子に鬼を退治してもらい子どもたちの仇を打つべきなのかもしれん、と言うのです。私は、泣いて反対しました。あれほど恐ろしいことを自分の子にさせたくなかったのです。しかし、結局は、夫に説得されました。それから、私たちは、もう千年以上の間こうして自分の子に鬼退治に行かせているのです」
桃太郎のお母様は、悔しさから泣いていました。浦島はその姿に心を打たれていました。桃太郎のお父様が、桃太郎の兄様たちの写真や鬼退治から持ち帰った品を見せてくれました。浦島は、ある写真に目を留めました。そこにはあの乙姫様と鬼が親し気に話している姿が写っています。
「その写真は、6人目の子が海に調査に行ったときに撮ってきた写真でね。決定的な写真が撮れたと言って喜んでいたよ。こんなものを持ち帰ってくるより、無事でいてくれる方が何倍もよかったんだがね」
浦島は愕然とし、肩を落としました。自分が足を置いていた地盤が崩れ奈落の底へ落ちていくような感覚でした。浦島は、すっと立ち上がり、小屋から出ていこうとしました。桃太郎がそれを引き留めようとします。
「どこへ行く」
「最後に乙姫様がどのようなお方か確認してくるだけだ」
「桃太郎。許しておやりなさい。自分の目で確かめるということも大事なことなのですから」
桃太郎は、そう言われて浦島から手を引っ込めました。
浦島は、竜宮へ直行しました。そして乙姫様のお部屋の隣の部屋に差し掛かったとき、その部屋で男が作業しており、その男に声を掛けました。
「いやぁ参ったものですよ。乙姫様から片付けを頼まれたのですが、いつものとおり鬼に担当してもらったら、彼ら、片付け方が汚いんですよね。あいつら鬼だからって威張ってるし、金の割に仕事の内容も適当なんですよ」
浦島が、その者と別れると、乙姫様の部屋から話し声が聞こえてきました。
「今月の取り分は3対7ですって。そんな数字受け入れられるわけないでしょう。それではこちらがやっていけませんの。護衛の料金は別でお支払いしているでしょう。今までどおりでないと認めません」
その声は明らかに乙姫様のものなのですが、どうもいつもと口調が違います。浦島が、部屋の前を通ると、乙姫様が出てこられました。
「あら、浦島様、帰っていらっしゃったの。今の話を聞いていらっしゃいました」
「今の……、何のお話でしょうか」
「ならよいのです。それで、山の者を退治することはできたのでしょうか」
乙姫様は少し不安げな表情で尋ねました。浦島には、どうもこの顔がでたらめのものだとは思えませんでした。雲のようにふわふわした表情ではなく、がっしりと顔に根を張ったような表情なのです。
「いえ、今回は、乙姫様にお暇をいただきに参ったのです。山賊退治は、成し遂げることができませんでした」
「そうでしたか、それはとても残念ですね。でも仕方がありません。あ、そうだ、お返ししないといけないものがあります。少し待っていてくださいね」
そういうと乙姫様は自ら玉手箱を取りに行きました。
「この玉手箱を浦島様にお渡しします。ですが、絶対にこの箱を開けてはなりませんよ」
浦島は、その会話を最後に、竜宮を後にしました。
浦島が、竜宮から小屋に戻ってくると、桃太郎は青年になっていました。桃太郎は、明日、鬼退治に出発するようでした。浦島は、その鬼退治に自分も参加させてくれと頼みました。桃太郎は、かなり渋っていましたが、両親の説得もあって、一緒に行くことになりました。
次の日、浦島は棍棒をもち、桃太郎は日本刀を携えて、鬼ヶ島へ向かいました。
鬼ヶ島に着き船を降りると、桃太郎は、勢いよく鬼ヶ島にある洞窟に向かって走っていきました。浦島は、桃太郎がいきなり走り出すので、慌てて走ってその後に続きます。浦島が洞窟の入り口にたどり着いた時にはすでに桃太郎が見張りの鬼たちをなぎ倒しおわったところであり、桃太郎はそのまま洞窟へ入っていきました。洞窟は細い通路を伝っていくと開けたところにつながっていて、そこで鬼たちは、宴会をしていました。
桃太郎は、その開けた空間へ一陣の風のように飛び出していきました。鬼たちは驚いて飛び上がり、近くにあったものをつかんで応戦しました。桃太郎は、華麗な刀さばきで鬼たちをなぎ倒していきます。中には逃げて行く鬼もいました。しかし、その鬼が背を向けている間に、桃太郎は追いついて後ろから切り捨てていきます。
その場にいた鬼を全て倒し、桃太郎が一息ついて刀を鞘に納めたときでした。桃太郎の後ろから鬼が猛烈な勢いて飛んで桃太郎に飛びかかりました。そのとき、浦島が追いついて、飛びかかろうとする鬼に対して棍棒で横から思いっきり振って打撃を食らわせ、桃太郎は、それに気づくとすかさず止めを刺しました。
「お前、なかなかやるな」
桃太郎が握りこぶしを上げると、二人は、こぶしを突き合わせて、勝利を祝福しました。
二人は乙姫を捉えてこのまま竜宮も壊滅させることにしました。二人が、カメに乗って竜宮へ行くと、竜宮では従業員たちが大慌てで行ったり来たりしています。浦島がその一人にわけを尋ねると、警報が鳴り、鬼がやられたかららしいのでした。
浦島と桃太郎は、そのまま乙姫の下へと向かいました。浦島が乙姫の部屋に入ると、乙姫は浦島の姿に気づいて、顔が、そこに光が広がるかのように輝きました。
「浦島様、戻ってきてくださったのですね。戻ってこられたときにこんな状態で申し訳ないのですが。あら、どうしてそんな難しいお顔をなさるのですか。そちらの方はどなたです」
浦島は、乙姫の言葉を無視してこう言いました。
「乙姫様、私は、あなたが何をしていたのかを知りました。そんなあなたを見逃すことはできません」
乙姫は、この世の終わりのようなひどく悲しそうな顔をしておりました。
「お言葉ですが、乙姫様、鬼と取引をして人々から譲り受けた財宝を鬼に渡しているようでは、結局同じなのです。物事の機序が変わっただけで、結局鬼の脅威によって人々が財宝を盗られていることには変わりがないのです」
「私は、人々のことを思って」
乙姫は、その場で泣き崩れなさいました。そして、そのまま桃太郎に捉えられ、海の中で幽閉されてしまいました。
浦島と桃太郎は、カメの背に乗って浜辺まで戻りました。カメは乙姫様のもとへ戻ると言います。なんでも乙姫を信じてずっとついていくとのことでした。
浦島と桃太郎が小屋に戻ると、桃太郎の両親が、大泣きで出迎えてくれました。二人とも、無事に帰ってきてよかったと、桃太郎にすがりつくようにして泣いています。お母様が言うには、桃太郎が鬼退治に出かけてから、もう15年経ったとのことで、桃太郎も鬼退治に失敗して死んだものと思っていたようです。桃太郎は、そんな二人を見て、優しく微笑みながら二人を抱きしめて、ただいまと言いました。
そんな三人の様子をうらやましく眺めながら、浦島は、乙姫様からもらった玉手箱を発見しました。浦島は、ふと中身が気になってその玉手箱を開けてしまいました。すると、中からもわっとけむりが出てきたかと思うと、その煙が晴れたときには、浦島は、ひどくよぼよぼのおじいさんになっていました。
近くで抱き合って泣いていた三人も目を丸くして浦島を見ています。が、それを見た桃太郎の両親は、顔を見合わせてほほ笑みました。そして、お母様はこう言いました。
「もうすぐ桃が流れてくる時期です。鬼も退治されて、私たちももう若返る必要もなくなりました。次に桃が流れてきたら、その桃をあなたが食べてください。そうしたらずっと若返ることができます。それでうちの桃太郎と仲良く暮らしたらええ」
桃太郎のお父様とお母様の言う通り、やはり今度も桃が流れてきました。その桃を浦島が食べると、浦島は、桃太郎と同じくらいにまで若返りました。その後、桃太郎は、実は女の子であることが発覚しました。そして、いつまでも幸せに暮らしました。
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