第11章「確かな憩い」その11


「やめておいた方がいいよ。あの子、人を好きになれないから」


どうやら僕が西山に気があると思い込んでいるようだな。


真っ向から否定するのも何か違う気がするからやめておこう。



「全部上っ面で、仮面なんだよ」


何だか悪意のある言い方だな。


「君は西山が嫌いなのか?」


素朴の疑問が僕の脳裏に浮かぶ。


すると、小嶋は何で?という顔をした。


「いや、好きの部類に入るよ。


皐月は自分も他人も傷つかずに生きようとする、優しい子だから。


優しいことが取り柄だから、誰にだって優しさをばらまく。


だから、男はみんな、あいつに期待して告白して、結果お互いが苦しくなる」



僕よりも西山を知っているように聞こえた。


この子なら西山が語っていた、


中学時代の裏切った親友のことも知っているのかもしれない。


この子が西山とはどんな関係かは知らないが、


本質を見抜くような観察眼を持っているように見える。


それでもこの子とは友だちにはなれないな、と心の底から思った。



本質を見抜こうが、他人のすべてをわかった風に言う人間は苦手だ。


僕はその場でお礼を言って、三年四組の教室まで階段を上った。


腕時計の針が十三時二十分を示しており、


僕は焦りを通り越して、余裕を感じた。


人間、少しのミスなら焦りもするが、


取り返しもつかないほどのミスなら、笑って肩の力が抜けるものだ。



あれだけカンカン照りの中、


汗まみれで自転車を漕いで間にあったのに二十分にも遅刻してしまった。


それまで頑張っていたことが馬鹿らしく思うんだ。


でも、悲しくはないし、怒りもない。


こういう悪い予想外も楽しめる自分がいることに驚いた。


これが心の成長って言うのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る