第9章「集わぬ参加者」その15


何を偉そうに言っているんだ、それなら、帰ればいいじゃないか、


という意見もあるかもしれない。


でも、この状況で帰るのだって、勇気のいることだ。



この作業は僕らの一年三組に任されたことであり、


もしここで何の用事もなく、ただ帰ってしまえば、


西山と新田の顔に泥を塗りたぐることになる。


何の理由なく帰ることはできないし、


かといって何で三組だけがやらなきゃいけないんだ、


という葛藤が心の中にあるんだろう。



最初の一日、二日は初めてのこともあって、楽しくやれたが、


三日目にもなると、もう帰りたい気持ちと不公平な配分に不満があふれてきても、


不思議ではないのだ。


荻原はそこに気づくことがおそらくできていない。



昨日、小耳に挟んだことだが、彼女は陸上部所属で、


一年の六月の時点ですでに三年の男子キャプテンと揉めたようだ。


どうやら、彼女はどんな立場でもいい加減な人間が許せない、気まじめな性格で、


そのせいで彼女の人物評価はくっきり二分されている。



昨日と同じように、チューブ絵の具を絞って、パレットに移していると、


柱を塗っていた平木が、僕の方に近づいて、



「羽塚くん、赤のチューブ絵の具が足りないから、取って来てくれない?」


と言った。


よく見ると、彼女の腕や手がまったく汚れていないことに気づいた。


僕なんて、チューブ絵の具を絞って、パレットに移しているだけなのに、


手は絵の具まみれで臭くなっていた。



「わかった」


別に拒む理由もなかったし、この空気を味わうのも辛くなってきたので、快く承諾した。


教室から出た僕は、トイレで手を洗い、また、美術室に行くことになった。

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