第5章「白紙の手帳」その6


「はい、ペンを置きなさい」


英語担当の矢崎先生がその口から久しく聞いたこともない


丁寧な日本語でそう言った。


その声が聞こえた瞬間、


僕は肩から背負っていた重荷を全て投げ捨てたような脱力感に襲われた。


それは他のクラスメイトも例外ではなかったように見えた。


いや、単に周囲を巻き込みたかっただけかもしれない。


普段は生徒に話す時、英語ばかり使用する矢崎先生が


こういう時だけは日本語になるのはなぜだろう?


そんなどうでもいい疑問がふと頭に浮かんだ。


まぁ、きっとどうでもいいからだろう。


ここで高校生活の最初の中間テストが終了した。


秋山先生が早々と教室に入り、ホームルームが始まった。



「みんな、とりあえずテストお疲れ様。


しっかり自分の実力を出せた者、出せなかった者、


みんなさまざまだと思うが、高校生活はまだまだこれから。


結果に関わらず、努力は継続してこそ価値がある。


決して気は抜かないように。


とはいえ、今日はしっかり体を休めて明日も学校があるから、


テストが返却されてもへこたれないように」


秋山先生は伝えたいことを伝えたような満足感と達成感に溢れた顔をして、


感動的な名演説を終えた。


ここ二カ月で分かったことだが、もし秋山先生が同級生だったら


かなりうざかっただろうな、と僕は確信を持って言える。


しかし教師や親ならば、話は別だ。


人を指導する人は面倒見が良い人間の方がいいと思っている。


もちろんそれがいきすれば、話は別だが。


「伝え忘れていたが、先日行った体育の実技テスト、


明日に補講があるから、午後3時にグランド集合だそうだ。


欠席した者はテストが終わった後、必ず行くように」


…何だと。


僕は体育テストを休んだ代償に再びテストが終わった解放感を


みんなと味わえずに教室を後にした。

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