第3章「僕たち私たち」その12



一限の授業がようやく終わった。


ストレスからの解放感と同時に黒板に書かれた白チョークの文字を


ただ書き写しただけなのに、妙な達成感を覚えた。


ノートを鞄に直すと、平木はまだ読書をしていた。


僕の右隣の少女は何のことはなく自分の世界に入っているようだ。


それにしても彼女はなぜ学生の義務である授業を聞かないのであろうか?


分かっているからだろうか?


確かに彼女のかけている大きな丸眼鏡とその黒髪からは、


知的な雰囲気を醸し出す何かがある。


もしこれで赤点を取ろうものなら、


僕は逆立ちをするほど笑い転げるだろう。



まぁ仮にそうだとしても、


それに一昨日、山寺に怒られたばかりではないか。


平木にとって、公立高校の一教師に怒られたことなんて取るに足らないことなのか?


僕が右隣の席の彼女を見つめている間も


授業と全く関係も接点もないであろうブックカバーがついた本を未だに読んでいる。




思い切って声をかけた。




「授業よりも面白い?」


平木は単純に驚いた様子でほんの一瞬、僕の方を見た。



しかしすぐに自分の机の方に視線を戻し、口に手をあて考える様子だった。


「そうね…」


「授業よりも大事なこと?」



「机で教わったことは机でしか役に立たないと教わったから」



「誰に?」


「母に」


「なんの本を読んでるの?」


「質問ばかりするのね」


「あ、ごめん」


「いえ、気にしないで。単純にそう思っただけ」


あぁ、そうか。


僕はなぜ彼女を意識するのか、少しだけ分かった気がする。


分かった気がしただけかもしれない。



彼女を一人の人間として、


僕には小さくそして大きく見えた。


長いものに巻かれ続けている僕や彼ら彼女らより


つまらない授業をつまらないと体で表現し、そして言葉でも表現する


この平木という少女はたった独りの小さな存在であるが、


僕らよりもずっと大きい存在に思えてきた。




しかし、この時の僕はこの感情が


彼女に対する憧れに起因するものだろうことに気づけなかった。

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