第3章「僕たち私たち」その1


目を開けると、そこはさっきまでの子ども部屋とはまったく違っていた。


おかしいぞ、さっきまでドアの向こう側を歩いていたのに。


気を失っていたのか。


周りを見渡すと、先ほど僕と平木がいた風景も、


そして立ち位置も全く同じことに僕は気づいた。


グランドの時計を見ると、17時37分。


屋上から飛び降りた時に時計を見ていなかったが、


夕日の傾き具合から見ておそらくあの時から時間は経っていないのだろう。


....帰ってこれたんだ。部屋はもう見当たらない。


傾く夕陽。


グラウンドから聞こえてくる黄色い声。


なぜか感無量だった。


「帰ってこれた。」


思わず、口にしてしまった。


平木は僕の方を見ずに、遠くを眺めて


「ええ。」


と言った。


僕への返事ではないように感じた。


長い沈黙だ。


この行間を読むことは今の僕には出来そうもない。


彼女の顔を見ると、まだ枯れきっていない涙が頬に跡を残していた。


「そろそろ帰った方が...」


「今日は1人で帰らせて。」


どうやらまだここにいるらしい。


「わかった。」


僕は飛び降りる前に置いた鞄がすぐ後ろにあることを確認して


その鞄をゆっくりと持ち上げ、ドアの方へ向かった。



「あの、羽塚くん」


歯切れの悪い呼び声だ。


彼女の中でまだ葛藤しているのだろう。


そりぁそうだ。


幾年もの間悩んでいた答えが一日で、はい解決となるはずがない。


しかしそれなら、あの部屋から出られたんだ?


悩み部屋は当人の悩みを解決することでしか出ることは


出来なかったんじゃなかったのか?

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