第1章「平木尊」その16
…一瞬、僕の何もかもが止まった。
緊張という糸が一気に数千本切れたような、予想という箱の遥か蚊帳の外を打ち込まれた気分だ。
さっきの無視よりもその衝撃は凄まじかった。
当然、怒りはあった。言い返したい気持ちもあった。
ふと、彼女から目をそらすと、周りにいた数人の生徒は、
この緊迫とした僕ら二人の空間にのまれていた。
デリカシーのない奴らだ。
恥ずかしい。
僕はこの恥を彼女にぶつけてやろうと思った。
でもこの少女の目を見れば、僕の反抗心など稚児の駄々に思えてきた。
だから僕はほてった顔を覚ましたいがために、
いったん誰も気づかない程度に深呼吸した。
そして、この場を円滑に進めるべく
「ごめん。じゃあ、これは僕の借りってことで。」
と言うと、
ふてくされた顔で平木は「まぁ、いいわ」とぶっきらぼうに言い、
僕が持ったノートをかっさらい、淡々と職員室に向かっていった。
さっきまで沈黙して固まっていたギャラリーは
クスクスと笑いながらふと我にかえるかのように、向かっていた方向に足を動かした。
事の始末が終わったと、ホッとすると無性に腹が立ってきた。
よくよく考えると、なぜ僕が謝らなきゃいけないのか、
なぜ僕が借りを作ったのか、(まぁこれは自分で言いだしたことだけど)、
誰がどう見ても、僕は悪くないはずだと自分に何度も言い聞かせていた。
帰り道、今日の理不尽を僕の前を通り過ぎていく
見ず知らずの誰かにでも伝えてやりたかったけど、
これだけ必死だと何だか情けない気もして、また嫌な気分になった。
その時澄んだ空で傾く夕日の照りがまたさらに僕の気分を損なわせた。
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