「月光草」

「ここからしばらく歩いた所に、教会があるの」

「教会?」

「うん、少し奥まった所にあって、中々見つけにくいんだけど」

「何しに行くんですか?」

「薬草をね、取ってくるの。花なんだけど」

「今、準備してくるので待っていて下さい」

「うん、お願い」


そう言ってエイダは上着を取りにモーテルの自室に戻る。

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夕暮れの中を2人で歩く。

遠くの山の稜線が影になり、その上をオレンジと群青色のグラデーションが彩る。

オレンジ色の夕焼けはほぼ山の稜線の向こう側に消えかかっており、2つの色合いの狭間にある紫が色濃く染まっていた。

沈みつつある夕陽は逆光になっており、横から見る彼女の姿は深い影をたたえていた。

それら全てが隣を歩く彼女の姿を幻影のように見せている。

割合涼しく、たまに冷たい風が吹く。

互いに交わす言葉はない。

2人黙って歩く。

エイダはこの関係性がとても心地良い。

カヤの方はどうだろうかと彼女の方を見る。


彼女は陽が出てる訳でもないのに、どちらも真っ白な、ツバの広いハットに両肩の出てるノースリーブのワンピースを着ている。

「寒くないですか?」

「大丈夫。教会に花を摘みに行く時は、いつもこの格好なの」

本格的に冷え込んできたら上着を貸してあげようとエイダは思った。


「今から摘みに行く花はね、月光草の一種で、ある時期にしか咲かないの」

彼女の片手には空の籠が下げられている。

どんな花だろうか。

カヤの持つ籠が花で埋め尽くされるのをエイダは思い描いた。

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「ここだよ」

そう言って彼女が森の奥を指す頃には、すっかり陽が沈み丸い月が顔を出していた。

森の少し奥まった所に開けた場所が現れ、そこに建物があった。

エイダはその建物を見上げる。

白いレンガの壁は傷だらけで、屋根の部分は崩れ落ち、建物のあちこちを緑の蔦がびっしりと覆っていた。

「ここが教会…?」

「そう。前の戦争で爆弾が落ちてね。それ以来人が寄り付かなくなっちゃったんだ」

「目的の花だけど、手分けして探そう。あたし、こっち行ってみるね」

そう言ってカヤはさっさと行ってしまった。


取り残されたエイダはしばらくボーッと立ち止まっていたが、「さて、自分も探すか」となった時に、一体どんな花なのか聞いてなかったのに気が付いた。

だが彼女の後を追って花について尋ねるのも何だか気が乗らないので、エイダは1人当てもなく歩き始めた。

お互いのうっかり屋気質に呆れる。

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ひとまず教会の中を覗いてみる。

屋根が無いので教会の中を月明かりが差し込んで、堂内を青白く照らしていた。

影の部分は深い青味を帯びている。

崩れ落ちた瓦礫が散らかり、床板が所々剥がれて土が剥き出しになっている。

そう思った矢先、その剥き出しの土の中に白い花を見つけた。

その花は月灯りを燦然(さんぜん)と受け止めて、青白く光っている。

花の周りを小さなエーテルの光の球がフワフワと漂っている。

「カヤ!」

エイダは声を出して彼女を呼んだ。

程なくして遠くの方からカヤの応える声が聞こえた。

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「見つけたんだね」

カヤが膝を曲げて花を覗き込む。

「この花はね、必ず人気のない所に咲くの。誰も近寄らないこの教会はまさに打ってつけなわけ」

カヤが説明する。

「この子たちが人目を避けて咲く理由は分かる?」

「意地悪な人間を、避けるためじゃないですか」

エイダが答える。

「よく分かったね。この花はね、万病を治す薬の元にもなるけど、反面人を狂わせる麻薬性も持ち合わせているの。

そして、薬草として使うには長い時間と知識が必要になるけど、麻薬として扱う分にはそう時間も技術もいらないの。

時が立ち、歴史が流れ、正しい知識が失われた今、麻薬性の部分だけがフォーカスされて、高値で取引されるようになったわ。

そのせいで沢山の花が摘まれていった。こんな美しいのに…」

そう言って彼女はそっと細い指先を月光草に添えた。

「人は正しい知識と歴史を忘れ、この花を麻薬草としてしか扱わなくなった。

だからこの子たちは、人目を避けるようになったの。

そして月の明るい晩にだけ、人知れずひっそりと咲くようになったのよ」

エイダは花を見つめる。

この花にも、迫害された過去があったのかと——。

「だから私は、必要な分だけ」

そう言って彼女は、根の部分からその花を引き抜いた。


「ちなみに、人の善悪を見抜く力もあると言われていて、性根の悪い人間がこの花を煎じて飲むと、2日3日はのたうちまわって苦しむそうよ」

試してみる?とでも言いたげに、彼女はニヤリとこちらを見る。

望むところだ。

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