運動会の思いで

 飲み会へのお誘いメールにどのような文面で断るのが適切か算段しながら私はいつからみんなでなかよく大騒ぎする行事がこんなにも苦手になってしまったのだろうとかとふと思った。子供の頃はどうだっただろう。休み時間がきらいだった。外に出たくなかった。運動が苦手だった。でも私には運動会の思いでひとつあってそれはとても素敵だった。


 運動会は校長先生のスピーチではじまる。

「お前ら! 今日はここから生きて帰れると思うなよ!」

 ふだん命の大切さを説き、冗談のつもりでも死ねという言葉は使ってはいけない、と厳しく指導する校長先生からそんなことを言われたら思わず笑ってしまう。今日はお祭りだ道徳は転倒した、そういう宣言なのだ。もしかしたら昔、校長先生は演劇をやっていたのかもしれない。そういう声の出し方だった。 


 校長先生の両脇には酒瓶がピラミッド型に積み上げられている。腰みのをつけたふたりの女が瓶をひとつずつ取り上げる。教育実習生の若い先生だった。缶の山が崩れて割れる。若い女の先生は酒を口に含むと霧状にして吹き出す。校長先生はピストルを発砲。霧は火花の帯に変わり天高く舞い上がる。万国旗が燃え落ちる。


 開会の宣言が終わるやいなや、最上級生の組体操が始まった。人間が人間を踏み台にしてだんだん高く高くなっていく。最上段の児童が校庭の中央に建てられている煙突に飛び込む。飛び込んだ児童はしばらくすると骨になって出てくる。骨は肉と違って腐らないしいつも笑っている。


 煙突のまわりでは障害物リレーが行われる。障害者の児童が車椅子にのってくるくるまわり車椅子の児童のまわりをランニングする。車輪は三角関数が組み合わさった複雑な軌跡を描く。


 煙突から出てきた骨は私たちを順番に指指していく。指指された人は服を脱いで踊りだす。


 女子トイレから女装した女子が出てきた。冷蔵庫からナスが出てきた。


 運動会だけは無礼講だ。みんながみんなをなりふりかまわず楽しませてやろうとしている。だから楽しい。楽しすぎる。笑っていると私は同級生の男子と目があった。白い歯の白い肌のその子の泥で汚れた白の体操服がたまらなく淫猥なもののように見え、そのように感じた自分を恥じる一方でどうしても口角が上がってしまうのを抑えられなかった。自分の耳が赤くなっていく感触があった。


 ダンスは止まらない。楽隊が退場してからも音楽は続く。トランペットが放り出された。オペラ歌手は気絶した。それでもカリカリした音がなっている。カセットテープの回る音に意識のピントがあったのだ。その音も止まる。光が消える。


 音のない、色のない空間に放り出されて私は気づく。思いでは夢だった。

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第3短編集 阿部2 @abetwo

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