第6凡「普通はこんなところにいない」


 この学校に入学して、早くも一週間が経過しようとしていた。


 だがしかし、圷亜連の物語はまだ終わることは無い。


「主人公になるには何かを持つか、全てを持たないかである」


 これは随分と深い教えである。何か秀でたものを持つか全く持たない無個性であるかの二択で生きろという教えである。


 もとより他よりも秀でたものを持たない俺は後者の無個性な人間、成績は中の上、なんてことない普通の高校生を目指すほかなかった。


 にしても、普通ってなんだ?


「圷君! 久しぶり!」


 そう声を掛けてきたのは、以前に出会ったひいらぎという少女だった。


「ああ、柊さん。久しぶり! 学校には慣れた?」


 自然な流れ、自然な会話、これこそが定石、普通ってやつだろう?


「学校か……私、今日でこの学校を辞めるんだ……」


「え……今……なんて?」


 難聴主人公だと思うなかれ、皆の衆。俺は確かに柊さんの言った言葉は一字一句聞き取ることができていた。私、柊乃々火ひいらぎののかはこの学校を去るってことなんだろ、それぐらい聞こえているさ、でも、一体どうして……


「私……やっぱり普通の人生でもいいかなって思ったら、ここにいる意味を感じなくなっちゃったんだ」


「そっか……がんばってね」


「圷君こそ、がんばってね」


 そっか、はこんなところにいないんだなって。そんなことが改めて、柊さんが言ったことで感じられた。


「普通じゃ、駄目だったんだな……」


 枠に捉われていてはいけない、言いつけを守らなかった焰硝岩えんしょういわだって、そして、皆と違って手を上げなかった世戸原せとはらだって、そして、きっと左右崎そうざきだって……


「柊さん……俺、君のおかげで分かった気がするよ」


――ありがとう。


 その言葉を言おうとしたときには既に柊さんは俺の前から姿を消していた。


「俺はこの主人公スキル養成所で主人公スキルを手に入れて卒業するんだ!」


 その思いを胸に強く刻みつけた俺は、教室のドアを意気揚々と開いた。



「今日は血筋検査を行う。みんなの血筋を調べて主人公スキルを目覚めさせる。調べてみたら勇者の一族だったり、吸血鬼の末裔だったり、伝説の戦士の子孫だったり、案外そんなことだってあるんだ。なにより最近の主人公は皆、血筋に恵まれているものが多い。良い血が流れてるってことが主人公への近道であるともいえるな。あと、実はお父さんがすごい人だったんだって分かったらこれからのやる気もでるってものだろう」


 田中はそう言って破顔一笑した。俺たちは言われるがままに採血を行い、そのとった血液を過去の偉人などのデータと照合させられていた。


「検査の結果がでるのはもう少しかかるみたいだから、先日行った席替えの結果を発表しようと思う」


 田中は手に持った模造紙をくるくると広げて黒板に貼った。


「えっと……俺の席はっと……」


「やったー!」


 霜鳥しもとりだった。彼は両手を突き上げ満面の笑みで皆の視線を一身に受けていた。それもそのはず、彼はこの席替えの勝者となり、一等賞である主人公席を手に入れたからである。


「有言実行、やっぱり俺って選ばれた人間だったんだな!」


 調子に乗っている霜鳥、それにすかさず周りが反発する。


「不正だ! 霜鳥がその席になるように仕組んだんだ!」



「なにかの間違いだっ!」


「そうだ! そうに決まってる!」


 不平不満を口にする一年A組の皆だったが、それを遮るように担任の田中が言った。


「この席替えに不正は一切ない。それは保証しよう。だからこれ以上この席替えの結果に関して文句を言うことは禁止だ」


 その言葉の後に、文句を言う者はなかった。皆、心の中では分かっていた。


――自分たちは選ばれなかった。


 くそっ! まただ。また俺は……


 自己嫌悪に陥る俺、なぜ俺じゃないんだ……


 まあいい、血筋検査できっと良い結果が出ているはずだ。


 そう思うことにした。


「さあ、授業を始めよう」


 田中はそう言って何食わぬ顔で、淡々と授業をし始めた……


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