第4凡「昼休みは休めない」

 昼休みになった。昼休みには購買部にパンを買いに行くものもいれば、教室で持ってきた弁当を食べるものも居る。昼休みの過ごし方はこの主校ぬしこうにおいて重要な時間である。購買部でパンを買うものは人気のパンを買わなくてはならない。なぜならば、その人気のパンを買うことが出来なければ一般大衆、つまりモブキャラへと格下げの扱いを受けてしまうことになるからである。


 そして、教室で食べるのもリスクがある。先ほど知りあった『ヒロスク』の生徒が教室に現れなければ昼休みを無為に過ごすこととなり、その間には空白が出来上がってしまうからである。どれもこれも、ある種のリスクを伴う行為であり、成功すれば自分の主人公としての箔はつくが、失敗すればその道が遠のいてしまうのである。

そんな中……俺はある場所を目指していた。


 出来るだけリスクを回避しようと試みてのことである。


 この場所に行くだけでポイントが上がる場所。


 普通は堅く閉ざされている場所。


――屋上である。


 この主校では様々なイベント発生のために屋上が常時開放されている。そこでお弁当を食べたり、放課後の屋上で愛の告白、秘密の共有などが普通の学校よりも容易となる。


 ふふふ、この俺が主人公への階段を駆け上がるために必要なのは、この屋上だ!

 期待を胸に抱きながら、階段を一足飛びに駆け上がって、重く閉ざされていた扉に手を触れようとしたその時である。


「まさか……」


 扉の向こうに、曇りガラス越しに、多くの黒い点が見えた。


――嫌な予感がした。


 だが、この風景を見ただけで全豹一斑ぜんぴょういっぱんすべきではないと思った俺は、その扉を恐る恐る開けて様子を確認する。


「嘘だろ……」


 俺の嫌な予感は見事に的中する。ガラス越しに見えていた黒い点の全ては、主校生徒の学生服の黒だった。


 その数は二十、いや三十はいるかもしれない。その皆が皆、黙々と白米を口にし、ウインナーを貪っていた。


 考えることは皆、同じか……


 自分だけ賢明な判断が出来たと思った俺が馬鹿だった。


 俺の心の中は悲しさと虚しさで一杯だった。俯き加減で仕方なく引き返して教室に戻ろうとした俺。振り返った途端、後ろに居た男とぶつかった。


「っと……悪い……」


「あ? どこ見て歩いてるんだよ!」


 そう怒鳴られて、俺は一瞬にして身を屈めた。いったいなんなんだ、こいつは。


 彼も同じように扉を開け、その黒でひしめき合っている光景を目の当たりにした。


 どうせ引き返すんだろう。そう思ってその様子を後ろで見ていた俺。


 だが、彼は剛毅ごうきにそして豪傑ごうけつに叫ぶ。


「てめぇら! ここを開けろ! 今からこの場所はこの俺、佐村木さむらき 鋼騎こうきのものだ!」


 俺は虚をつかれ、その場に呆然と立ち尽くす。


 おいおい、授業で習ったはずだろう?


「――無駄な争いを避けよ。もしくは自分から争いを起こすような行為をするな」


 って。悪役になれば、当然のことだが主人公になる可能性は低くなる。


 最初に豪語し、怒鳴り散らし、主人公に返り討ちにあう暴虐な人物が多い中、佐村木という人物の行為は自殺行為のように思われた。ここで紳士的に登場する人物によって懲悪されてしまいかねないからである。彼が言った言葉に対して他の皆も虚をつかれてしまったようで、一瞬空気が凍ったように静寂が支配する。


 皆、分かっていた。ここで彼を打破せねば、逆にやられ役になってしまう。ここで勝算がなければ無駄に争いをすべきではない。


――そう感じていた。


 だから皆は逡巡する。自分に彼のような体躯の人物に敵うのだろうか。打算的になっている人物はそこで観客、傍観者としての位置付けになる。それはそれで不味い……


「――考えるより先に動く、それが主人公に必要な力である」


 そんな授業の中における教えを実践する者がいた。


 十佐近じゅうさこんである。彼はこの無頼者ならずものを成敗せんとして、勇敢にも立ち上がっていた。


「誰かは知らないが、この屋上を独り占めしようなんてずるいんじゃないか?」


 完全に主人公の立ち位置である。それみたことか、先に仕掛けた方は完全に悪役になるんだよ。俺は心でそう言ってやった。


「ここで戦うってことがどういうことになるか、分かってるんだよな?」


 十佐近は静かに頷いた。ここで負ければ、自分の立場、主人公としての素質が失われる。そんな感じがしていた。


「ぐはっ……」


 十佐近は一瞬にして散った。ものの数秒で、呆気なく、無様に、俺の目の前でやられた。


「おいおい……」


 彼の将来を不憫に思った俺はその場で祈りの姿勢を取ろうとした。


 その時である。


「十佐近君! 大丈夫! 十佐近君ッ!」


 気が付くと傍には『ヒロスク』の女の子が寄り添っていた。


――まさか、十佐近はこれも計算に入れて……


 俺には気を失っている十佐近の口角がわずかに上がっていたように見えた……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る