「ふつうの人」でなくなっていく

Hu

序章「崩壊」

------ 平成三十年 二月


『オワレている たすけて下さい この男の人わるい人』


だめだ。怖い、怖い、怖い、助けてくれ。

言いようのない不安が私の心を掴んで離さなかった。

誰かが私を狙っている。怖い、怖いのである。

同じ電車に乗っている人も、西新宿のビジネス街を歩いているサラリーマンも、皆、私のことを狙っている、攻撃しようとしていると見えた。

こんなことを考えてしまう自分がばかばかしい、そう思っていた。しかし相反するように不安と恐怖が頭から離れない。見えない誰かから逃げるように東京の喧騒の中を早足で歩いていた。冬景色がまだ残る季節だというのに、汗でワイシャツもびしょ濡れになっていた。


おかしい。これは自分ではない。自分が崩壊していくのをひしひしと感じていた。

砂上の楼閣という例えがある。私は元来生真面目な性格で、周りからはしっかり者だと思われていたのだろう。しかし、私を私たらしめている基礎はすでにボロボロであったのだろう。そうなれば崩れるのは一瞬であった。つい昨日まで、大学に元気に行き来し、時には友人と飲み会にでも行き、そんな平凡な大学生だった私が、一日で崩壊してしまった。自分で自分を保てなくなった。わずか一日で、私は私でなくなってしまったのである。


なぜ私は見えない何かから逃げようと必死であったか。その解は、「その日」から一年以上すぎてから証明されることとなる。


いかにして私が、従前の「私」という人格を失ってしまったか、そして今までの「ふつうの生活」を営めなくなってしまったか、ここに書いていきたいと思う。


誰にも読まれなくて良い。チラシの裏である。私は今、ただ一つ希望がある。側にいてくれている人が一人だけいる。一人だけで良い。大勢の人々に分かってもらえなくても良い。


でも、言葉にしておきたかった。


これは私が確かに体験した、平成終盤から令和に至るまでの記録である。

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「ふつうの人」でなくなっていく Hu @kazehara

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