96話 鬼人

 時は流れ、1年と少し。


 あれほど続いた人間の襲撃はピタリと収まり、大森林に平和な時が流れていた。


 だが、ホネイチは同僚のスケルトン隊と共に油断なく警戒を続けている。

 いまも入江の里への巡回を終え、隊長であるスケサンに報告をしているところだ。


「ふむ、入江の里ではカワウソ人が困り者、か……まあ、里のことはフィルに任せるより他はあるまい。なにか問題があれば現場で対処せよ」

「カカッ!」


 入江の里では新参のカワウソ人がトラブルを起こすことが多い。

 彼らは荒っぽく、ホネイチも巡回中に2度ほどケンカを鎮圧した。


「次の任務を与える。ホネイチは隊員を入れ替え、森の北端まで偵察だ。人間が静かなのは別ルートからの大規模な遠征もあり得る。警戒は常に怠ってはならぬぞ」

「カカッ!」


 最近のホネイチは喉を鳴らすような声がだせるようになった。

 スケサンは「声がだせればじきに話せるようになる」と教えてくれ、ホネイチはとても嬉しかった。

 そう『嬉しかった』のだ。

 ホネイチはすでに擬似的な感情を持ち始めている。


「ホネイチよ、森の北端への偵察は初めてのことだ。無理をせず、地元の住民と争うことはならぬぞ。可能ならば見張りの砦を築ける土地を探れ」


 スケサンはこの大事な任務をホネイチに託した。

 これは自分たちスケルトンに経験を積ませるためだとホネイチは知っている。


 スケサンの力の衰えはホネイチの目から見ても感じられるほどなのだ。


「カッ!」

「うむ、スケルトン隊の砦ならば水源はなくてもよい。くれぐれも他の里のテリトリーを刺激せぬことだ」


 春の芽吹きを感じる森で、ホネイチは新たに編成した25人ほどの部隊で出立した。

 4人のサージェントと20人の平隊員を率いるのだ。


 現在のスケルトン隊は全体で200人強ほどだ。

 隊長のスケサンを頂点とし、ホネイチを含む8人のオフィサー、40人のサージェント、残りの平隊員で構成されている。

 この数で近隣の里を巡回し、特にオオカミ人の里や入江の里で侵入者を警戒していた。


 彼らの歩みは森に道を作り、広げ続ける。

 道が大きくなれば交流が増えるものだ。

 スケルトン隊の巡回はごちゃ混ぜ里の繁栄に一役かっている。


 だが、森の北端への偵察は今回が初めてだ。

 こちらに道はまだなく、ホネイチたちは慎重に進むことにした。


 スケルトン隊は武装している。

 下手に他の里を刺激しては大騒ぎになるのは間違いない。


 斥候に先行させながら用心深く歩を進める。

 歩みは遅いが、疲れを知らないスケルトンたちだ。

 昼夜を問わずに進み続け、4日目の夜には森の切れ目を発見した。


「カカッ!」


 隊はホネイチの指示でその場に目印となる小さな塚を築いた。

 これからの探索はここが起点となるのだ。


 荒野はごろごろと岩が転がるのみの土漠である。

 草もまばらな地表はカチカチに干上がり、水源は見当たらない。

 さほど森から離れていないのに極端な変化だ。


 少し先に砦を築くのにほどよい丘が見える。

 ホネイチは25人の隊を5つに分け、散開しつつ丘の方まで探索を行うことにした。


「カッ! カッ!」


 ホネイチは丘の上で号令し、隊をまとめる。

 丘の上はゴツゴツとした岩場だが眺めはよい。

 砦を築くのに適している。


 水はないがスケルトンならば問題はない。

 難点はやや森から離れた位置だろうか。

 不毛の地ゆえにスケルトン隊以外の駐屯も難しい。


 それでも、スケルトン隊の北への監視施設と考えれば候補地にはなるだろう。


 夜が明け、朝を迎える頃には周囲の探索も完了した。

 特に他種族のテリトリーというわけでもなさそうだ。


 これ以上、北へ進む意味はない。


 ホネイチが隊を引き返しかけたとき、サージェントが森に近づく一団を発見した。

 未知の獣人と、体格の大きな種族が合わせて30人ほどだ。


 ホネイチはしばし考えた。

 ここは見晴らしのよい丘である……身を隠すことはできず、かといって離れようにも急に隊を動かせばいらぬ誤解を招くかもしれない。

 しかしながら、全くの無防備を見せて襲撃されるのは愚かしい。


 ホネイチはサージェントたちに指揮を任せ、単身で集団に歩み寄ることにした。


 いうまでもなくスケルトンには水も食料は必要ないが、他種族と接触したときのために用意はある。

 わずかではあるが食料と酒を持参した。


 そして、集団も足を止め、先頭の獣人が2人ほど向かってくるようだ。

 獣人は背中に大きなコブがついた不思議な体型をしている。


「やあ兄弟、我らはラクダ人と呼ばれる種族さ。俺はカシム、こっちはターハ。森へ客人を届けるところだよ」


 ラクダ人たちは愛想よく挨拶をした。

 ヌー人もそうだが、こうした旅の民は出会いを大切にし、社交的な者が多い。


「カカッ!」


 ホネイチが食料と酒を差し出すと、ラクダ人たちはニッコリと笑い受け取った。

 そこからは身振り手振りのやりとりである。


「そうかい、キミは森からきたんだね」

「俺たちも争う気はないよ。ラクダ人は旅と友を愛する民だ。争いは好まない」


 ラクダ人たちはホネイチが言葉のない種族だと理解したようだ。

 彼らはホネイチの身振りから巧みに意図をくみ取り、コミュニケーションは成立した。


「森にはいま、偉い王様がいて人間をコテンパンにやっつけたんだって?」

「カカさん(ホネイチの名前を誤認したようだ)、その王様を知ってるかい?」


 どうやらラクダ人たちはベルクのことをいっているようだ。

 ホネイチは少し悩んだが、嘘をつく必要もないと考え頷いた。


「そうかい! それはよかった!」

「あいつら……鬼人なんだそうだね。勝手にくっついてきたのに乱暴だし威張っていてね。いやまあ、依頼だしそれはいいんだが、その王様に会うためにはるばるやってきたそうだ。カカさん、彼らを王様に会わせることはできるかい?」


 ホネイチはしばし考えた。


 ベルクらは鬼人族を拒絶したりはしないだろうが、里の者に乱暴するようでは困る。

 それでは里の安全を守るスケルトン隊の職務に違反してしまうからだ。


 その懸念を身振りで伝えるとラクダ人たちは「もっともだ」と納得してくれた。


「分かった。無理をいうのはこちらだ」

「少し話してくるよ。カカさん、食べ物と酒をありがとう。皆でいただくよ」


 ラクダ人たちは集団に戻り、なにやら酒を飲みながら相談を始めた。


 これは時間がかかりそうだとホネイチも隊に戻り、サージェントと隊員を1人ずつ里へ先行させることにした。

 これで鬼人の存在はスケサンやベルクたちの知るところになるはずだ。


 ほどなくして、ラクダ人に連れられた鬼人の集団がやってきた。

 人数は16人、全員が旅塵にまみれやつれている。


 総じて体格は立派だが、服装は粗末でみすぼらしい。

 武装しているのはわずかに2人だ。


「キサマがベルクの元へ案内するカカとやらか。ふん、弱弱しいスケルトンが生意気な武具を持っておる」


 武装した鬼人の1人がホネイチに声をかけた。

 居丈高で態度が悪いのはホネイチでも理解できる……不快を感じるほど、感情が育っていなかったのは幸いだったろう。


「控えよムラト。無礼であろう」


 もう1人の武装した鬼人が仲間の無礼をたしなめ、ホネイチに「失礼した」と謝った。


「私の名はムフタールの子、ファリード。当代の鬼人王である」


 このファリードと名乗る鬼人は頭を下げたわけではないが、ホネイチに謝罪をしたのだ。


 礼には礼で返す。

 スケサンに教え込まれたスケルトン隊のモットーだ。


 ホネイチたちは槍を持ち替え、顔の前で捧げる剣礼を行った。




■■■■



荒野


大森林の北に広がる乾いた大地。

極端に水源が少なく、植物が少ないためか寒暖が激しい。

不毛の大地であり、一部の獣人を除きこの地で生活をするものはいない。

乾いた大地には目印となる対象が少ない上に、水や食料の確保もままならない。

この土地に慣れぬ者は補給もできず、さ迷い歩くことになるだろう。

安全に通り抜けたければ現地のガイドを採用するより他はない。

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