89話 こちらも順調だぞ

 まあ、そんなわけでアシュリンはドイルたちとエルフの里に向かうことになった。

 お披露目もかねてシーラも一緒に連れていくらしい。

 あちらではコナンもすでに待機しているそうだ。


「戦で血が流れたからな、獣が集まってるだろう。気をつけてな」

「べ、ベルクは心配しすぎだぞっ。私だって狩人なんだからな」


 アシュリンはまんざらでもなさそうに「べ、ベルクはいつもこうなんだ」「離れ離れになると機嫌が悪くなるんだ」「わ、私のことが心配なんだ」とエルフたちに話しかけている。

 すっかり嫁離れができないダメ夫みたいな扱いだ。


(まあ、いいんじゃないかな……エルフの里も、俺たちの夫婦仲が険悪よりも安心するだろ)


 俺は苦笑し、のびているバーンを担ぎ上げた。


「俺はスケサンの方を見に行くよ。ちょっと遠いから帰りまで数日かかる。ゆっくりしてこいよ」

「わ、わかった。でも、そんなに遅くならないと思う」


 俺はアシュリンと少しだけやり取りをし、バーンを担いだまま館の外に向かう。


 ドイル氏は俺になにか言いたげな表情をしたが、遠慮をして口をつぐんでしまったようだ。


「またな、そのうちバーンにも子供を連れて向かわせるよ」


 俺がそれだけ伝えると、ドイル氏は深々と頭を下げた。


 館を出て、鍛冶場にバーンを転がすとドワーフ職人たちが集まってきた。

 ナイヨはいないようだ。


 ドワーフたちはナイヨやベアードの元仲間やら噂を聞きつけ集まったストレイドワーフである。

 彼らは実に器用で、かつ勇敢だ。

 先日の戦でも都市を守ったり、夜目を活かして奇襲などでも活躍した。

 里にもよく馴染み、皆に頼りにされる種族である。


「こいつぁ……バーンの旦那はどうしたんですかい?」


 ドワーフたちがざわつくが無理もない。

 バーンは鍛冶場の頭であるナイヨの夫なのだ。

 のびてれば心配もするだろう。


「……ああ、いきなりほっぺたが倍になって気絶したんだ。最近、流行してる恐ろしい病気だと思う。それと俺とアシュリンは数日いないからナイヨによろしく」


 先ほどバーンには散々からかわれたので意趣返しにデタラメをいい残し、俺は鍛冶場を足早に立ち去った。

 さすがに顔半分が倍になったバーンがナイヨに見つかったら怒られそうな気がする。


 その後は適当にすれちがう者に出かける旨を伝え、かまど番のイヌ人の女房に食料を用意してもらった。


「それじゃ、行ってくるから。数日のことだけど、何かあったら古株の連中に相談してくれよ」


 イヌ人の女房に「大事なことだぞ」と伝えると、彼女はちぎれんばかりに尻尾を振り回した。

 女性でもイヌ人は大事な用事をいいつけられるのが大好きなのだ。




☆★☆☆




 道はすでに知ってはいたが、入江は遠い。

 3日ほど歩いて、夕方に到着した。


(おや、ずいぶんとスッキリしたな)


 数日ぶりに見る入江の駐屯地は妙にガランとしていた。

 仮設の小屋やテントの大部分が撤去されたようだ。


 数棟の建物が木柵の中にこぢんまりとまとまっているのが遠目に確認できた。

 なにやらビーバー人に似た獣人もいるようだ。


 とりあえず柵に近づくと、防衛のために残っていたスケルトン――たしかホネジュウハチが、スケサンをすぐに呼んできてくれた。


「やあ、早かったな」

「まあね、ちょっと色々あってさ、まあ聞いてくれよ――」


 挨拶などはなく、雑談混じりで互いの報告会だ。

 なんだかんだでスケサンと話すのは楽しい。


 俺とスケサンの関係を言葉にするのは難しい。

 だが、スケサンはある意味で妻のアシュリンや娘のシーラよりも俺に近しい存在なのだ。


「こちらはずいぶんと片付けたな。まだ数日なのに大したもんだ」

「うむ、不眠不休のスケルトンならではといえる。あとは彼らの助けも借りたのだ」


 スケサンが示したのは先ほどの獣人だ。

 入江の先で何かやっているらしい。


「あれはカワウソ人だ。彼らは布を欲していたのでテントを渡す代わりに工事を手伝ってもらっている。今は木材など、廃材で入江の封鎖をしてもらっているところだ」


 見れば廃材がところどころで島のように詰まれている。

 入江に戦舟が入らなければよいので間に合わせには十分だろう。


 スケサンによると、カワウソ人の里は半日ほどの距離にある岸壁にあるらしい。

 主に海で魚や貝を獲って生活しているそうだ。


「このままでは、いずれは潮の満ち引きで流されてしまうだろうな。岩や土で固めていけばよいだろうさ」


 スケサンは「それと」と一棟の建物を指で示す。

 他より少しだけ大きめの頑丈そうな造りだ。


「あそこに人間が閉じ込めてある。はぐれた者があとから現れたのでな。オオカミ人の里にある舟と食料をくれてやるつもりだ。運がよければ帰れるだろう」

「へえ、慈悲深いじゃないか」


 人間嫌いのスケサンにしては珍しいような気がする。

 その事を指摘すると、スケサンは「うむ」と頷いた。


「休戦協定とはそういうものだ。相手が誰であろうとも誠実に守るものさ」


 今、人間を殺しても誰も咎めない、だがそれをしないのがスケサンの美学なのだろう。

 こうした姿勢は俺も嫌いじゃない。


「そっか。まあ、約束だもんな」

「そうさ、約束は守れぬ時もあるが進んで破るものではない」


 俺はちらっと建物を観察したが、中の様子は分からない。

 チラチラ見てるとスケサンが「7人だ」と教えてくれた。


「意外と少ないな。まだ現れるかもな」

「うむ、エルフとも連携がとれ、カワウソ人もいる。まず敗残兵には遅れはとるまい」


 どうやらスケサンはカワウソ人と協力体制を築いたようだ。

 近隣と仲良くできるならそれに越したことはない。


「ごちゃまぜ里のようにこの地も徐々に固めていこうではないか。急ぐことはないがな」

「そうだなあ。とりあえず戦舟は入ってこれないとして……小さいのは入ってくるよなあ。となると防備からだな。はじめは希望者と男衆を詰める感じにするか」


 幸い、人間がこの辺りを拓いてくれたので移住するスペースには困らないだろう。

 果樹を植えて畑を作る。

 海での漁をカワウソ人に習うのも悪くない。


「問題は誰にここの取りまとめを任せるかだが、能力だけを考えるならコナンだ。だが、身重の妻がいては移住は気の毒であろう」


 スケサンがいうには、エルフの里の関係と性格や能力を考えればコナンが最適だという。

 だが、子供はまだ小さいし、なにより妻のフローラが妊娠中だ。

 さすがに移住は厳しい。


「ならフィルだな」

「うーむ、フィルか。悪くはないが人をまとめた経験がないからな……少々不安だが、立場が人を育てることもあるか」


 スケサンは少し不安そうだが、誰でもはじめは未経験なのだ。

 ここに里を一から作るなら経験不足でも構わないだろう。


「それに、ここならエルフの里も近いし、フィルに嫁も来るだろ」

「なるほど、それは名案かもしれぬ。よく気づいた」


 なんだかんだでスケサンは面倒見がよく、里人の結婚や出産は嬉しいらしい。

 フィルは独身主義というわけでもないようだが、日頃から相手は長命種がいいといっていたのでちょうどいいだろう。

 森でエルフより長命な種族はちょっと見当たらないのである。


「だが、フィルの意見も聞いてからだ。森には土地に執着がある者も多い、無理強いはいかぬぞ」

「まあな。でもエルフの男はだいぶ死んだみたいだし、ここにフィルが来ることはエルフの里のためにもなるんじゃないかな」


 なんだかんだでフィルは弓の達者だし、人当たりも悪くはない。

 森に詳しく、薬草などの知識も豊富だ。


 なにより、ここで里長をやれば地味な存在感も解消する可能性もなくはない。


「うん、我ながら名案だな」


 俺が何度も頷くと、スケサンは「やれやれ」と苦笑した。




■■■■



カワウソ人


海辺なのにカワウソ。

実際にウミカワウソという動物は実在する。

決してウミウソではない。

彼らは岸壁に里を作るため、人間の斥候には発見されなかったようだ。

どういう経緯でか、スケサンによく懐き、テント生地の代わりに労働力で返している。

ビーバー人よりスリムで漁が得意。

見た目はわりとかわいいが、すばしっこくてズル賢く気性も荒い。

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