88話 行かせるものか

 宴会の翌朝、アシュリンとイチャイチャしてたらバーンがやってきた。


「朝早く悪いんすけど、客が来たっす。ベルク様とアシュリン様、揃ってるほうがいいと思うんす」


 正直、めんどくさい。

 戦や宴会の疲れもあるし、アシュリンとの夫婦和合の余韻もある。

 ひさしぶりにシーラとも遊びたい。


「だが、行かんわけにもいかんわな。すぐに向かうから館に案内しといてくれ」

「ば、バーン、ちょっと待っててくれっ。支度するから」


 気乗りしない俺はもたもたと、アシュリンはわたわたと身支度をはじめる。


「預けるのも手間だし、このままシーラも連れていくかな」

「あ、客はエルフっす。連れてきて大丈夫っすよ。じゃあ、俺は館に案内するっす」


 バーンは俺たちを待たずにさっさと行ってしまった。

 エルフがなんの要件で来たのかくらいは教えて欲しかったが、まあ、しかたない。


「たぶん戦のことじゃないかな?人間に捕まってたエルフを解放したんだよ」

「そ、それはいいことしたな。きっと喜んでるぞ」


 やはりアシュリンも実家の里のことは気にしているらしい。

 彼女も戦の経緯は聞いているのでエルフのことを心配していたようだ。


 俺とアシュリンはいつもより派手な衣服を身につけ、オリハルコンで飾る。


 やはり客が来たときはオシャレも必要なのだ。

 住民が『うちの里長はみすぼらしいぞ』と恥ずかしい思いをしないように気をつけるのも里長の仕事のうちである。


 身支度を整え、館に向かう途中で里の様子を見たが、なんというか……いつも通りだ。


(当たり前だけど、誰がいなくなっても里の営みは続くんだよな。里があるかぎり)


 里を守ったという誇らしい気持ち、傷つき斃れた仲間を悼む気持ち、たくましい日々の営みに感心する気持ち……なんともいえない感情が胸を支配する。


「け、怪我人が多かったらな。女衆は忙しくなるかもな」


 俺の心中を知ってか知らずか、アシュリンはケロッとしている。

 大抵の場合は男より女のほうが切り替えが上手いものだ。

 それは俺とアシュリンにも当てはまるらしい。


 館に入ると、バーンと数人のエルフが里の者たちと朝食をとっていた。


「いいよいいよ、そのままにしてくれ。食べながら話そう。俺も1つもらおうかな」


 俺も適当に座り、煮炊きをしているイヌ人の女房から木椀を受け取った。

 中は鶏卵を落としたアワ粥だ。


 俺が「これは旨そうだ」と伝えると、イヌ人の女房は嬉しげに尻尾を振り、ニッコリと笑う。

 イヌ人は褒められるのが大好きなのだ。


「よし、そちらのエルフがお客さんだな?」


 俺がバーンに確認すると、エルフたちが頭を下げた。

 エルフは3人、今となっては懐かしい顔のペイントや独特の衣装がいかにもワイルドエルフだ。


「突然お邪魔をし、厚かましく食を得ております。私はエルフの長老衆ドイルと申します」


 年かさのエルフが名乗り、再度こちらに頭を下げる。


「俺はベルクだ。アシュリンは紹介する必要はないな?こちらはアシュリンとの娘、シーラ。ようこそドイルさん」


 アシュリンに抱かれたシーラを紹介すると、ドイルたちエルフは「おお」と感嘆の声をあげた。

 彼らにとってアシュリンは族長の一族である。

 娘が産まれることは喜ばしいことなのだ。


「お母様の名をつけられたのですな。よきお子だ」


 ドイルがシワだらけの顔をさらにクチャクチャにして、シーラに笑いかける。

 シーラは見慣れぬワイルドエルフの装束にキョトンとしていた。


「親父、シーラちゃんはいいけど要件を忘れるなよ」

「そうだな、その通りだ」


 察するにドイル氏はバーンの父親らしいが、ペイントのせいで似た面影を探すのは難しい。


「ごちゃ混ぜの里長、こたびは我らが危機にお力添えをいただきありがとうございます。我ら一同、今までの不明を恥じ、偉大なる里長の慈悲に心より感謝いたしております」


 ドイルの口上とともにエルフたちが両膝をつき、地に額と両手をすりつけた。

 これは五体投地といい、絶対的な服従を意味する最高の拝礼だ。


(おや、どうも変だな?)


 どうやらエルフたちは、エルフの危機に俺たちが介入したと勘違いしているようだ。


 よくよく考えればエルフの里は、アシュリンの実家である。

 いままでの経緯を含めても、俺が援兵を出して不思議はないのだ。


「ドイルさん、頭を上げてくれ。俺は今回の人間の侵攻は大森林の危機だと考えている。ごちゃ混ぜ里の危機でもあったわけだ。だからそこまで感謝しなくてもいいさ」

「しかし、捕らえられた仲間を助けていただいたは事実!」


 どうやら思った以上に感謝されているようだ。

 俺は手ずからドイル氏を起こし「じゃあ仲直りしよう」と持ちかけた。


「うん、それがいいぞ。さ、さすがベルクだな。仲直りしよう」


 アシュリンも俺に同調し、ニコニコと喜んでいる。


「親父よ、完敗だな」

「……ああ、ああ、認めよう。息子よ、お前が正しい。ベルク様もアシュリン様も偉大なる長だ。我らの及ぶところではない」


 ドイルはハラハラと涙をこぼし、他のエルフたちも嗚咽を漏らした。


「我らの一族は多数の被害をだし、男の生き残りは半数に満ちません。女も傷つき、里を維持することも困難です。どうかアシュリン様、族長として我らをお導きくだされ」


 ドイル氏が不穏なことをいいだした。

 外に嫁いだアシュリンを里長にするとは異常な提案である。


「な、なんでだっ!? 族長は亡くなったのか!? デルドリウはどうしたんだ!?」

「はい。族長も、その息子たちも戦い死にました。族長の一族はアシュリン様が最後の生き残りです」


 アシュリンが小さく何かを呟き、少しふらついた。

 俺は「大丈夫か」と肩を掴み、彼女が抱えていたシーラを受け取る。


「ベルク、どうしたらいいんだ? お、伯父さんもデルドリウも死んじゃった……私はどうすればいいんだ?」


 どうやらデルドリウとは族長の息子のようだ。

 ならばアシュリンの従兄妹いとこになるのだろう。


「ちょっと待って欲しい。ドイルさん、外に嫁いだアシュリンがいきなり帰るより他の候補のほうが無難じゃないか?急な話でこちらも驚いているが……その、アシュリンは女衆のまとめでもあるし、シーラの母でもあるしだな……」


 突然の急展開に思考がついていかない。

 こんな時にスケサンがいれば助言もあるのかもしれないが、残念ながら入江に出張している。


「いいえ、里長。アシュリン様以外の候補はおりませぬ。エルフは以前、族長の座を巡り激しく争いました。その苦い経験から、誰でも継げぬように族長一族以外から選ばれることはなくなったのです。これが我らの伝統なのです」


 ドイルの言葉にはさすがに腹が立った。

 自分達で追放し、都合が悪くなったからと連れ戻すのか、そんなのは――


「許せるはずがないだろうっ!!」


 俺が怒鳴ると、抱いていたシーラが泣き出した。

 まわりで食事をしていた里人も驚き、こちらに注目が集まる。


「里長のお怒りはごもっとも、なれど我らも――」

「ダメだっ!! 自分達の都合で追放し、また都合が悪くなったから族長にするだとっ!?ふざけるなっ!!」


 俺が「そうだろう? バーンからもいってやれ!」と視線を送ると、バーンは唇を噛み、視線を落とした。

 どうやらバーンもエルフたちと同意見らしい。


「べ、ベルク、分かってくれ。私はいいんだ。族長になるから、私が行けば――」

「ダメだっ! ダメに決まってるだろう!? アシュリンは俺の妻だっ! どこにもやるものか! 俺はお前なしでは生きられん、なぜそんなことをいうんだ!! 絶対に行かせるものかっ!!」


 俺が地団駄を踏むように床を蹴り、怒りを表現する。

 許せるわけがない、コイツらは俺から愛する妻を奪おうとしているのだ。


「え?」


 アシュリンが間の抜けた声をだした。

 バーンとドイルたちも不思議そうに目配せをしている。


「あのっすね、アシュリン様はどこにも行かないっすよ?」


 バーンの言葉にエルフ一同が「うんうん」と頷いている。


「なんでだっ! 族長になるんだろ!? 俺を誤魔化そうとするなら――」

「ち、ちがうぞ、族長になってもここに住むし、エルフの里はドイルたちに任せればいいじゃないか?」


 こんどはアシュリンが俺に説明を始めた。

 どうやら、アシュリンは族長になり、ちょっと挨拶したら帰ってくるらしい。


「あれ、そうなの?」

「そ、そうだぞ。当たり前じゃないか」


 アシュリンが苦笑するが、そんなエルフの常識を俺が知るわけがない。


「いや、でも『私はどうすればいいんだ?』とかいってたじゃん」

「そ、それはだな――」


 アシュリンが妙に居心地悪そうに身をくねらせた。


「あ、それは元カレが死んで動揺したんじゃないすか?デルドリウ様はアシュリン様の元カレっす」

「わ、わ、そんなことないぞっ」


 バーンの指摘にアシュリンがうろたえ、わたわたとしている。

 その様子を見るに本当なのだろう。


 俺は無性に腹が立ってきた。


「元カレだあ!? ふざけんなっ! アシュリンは俺の女だっ! ぶっ殺してやる!!」

「もう死んでるっす」


 なんだか混乱してきた。


「ひひ、僕はキミがいなきゃ生きていけない! 行かないでくれアシュリン!」


 バーンが大して似てもいない口真似で俺をからかう。

 あんまりムカついたから全力でビンタして黙らせてやった。


「わ、わ、私のことがそんなに好きか?」

「好きだっ! 悪いかっ!」


 アシュリンは気絶したバーンには目もくれず、俺に絡みついてくる。

 だが、俺の怒気に触れたシーラはギャン泣きしたままだ。

 イヌ人たちはおびえて隅っこの方で固まっている。


 ドイルたちも俺があんまり怒るから五体投地を始めて「伏してお願い申し上げる」とかやってるし、もうワケが分からない。


 こうして、アシュリンはエルフの族長になる。

 そして俺はこのネタで一生からかわれる羽目になったのだ。


 ……まあ、アシュリンが行かないならそれでいいさ。




■■■■



デルドリウ


故人。

前のワイルドエルフ族長の息子でアシュリンの元カレ。

長命種は長く生きてるだけに、過去にはいろいろあるらしい。

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